「光秀、此度の役目、大義であった」
「はっ、勿体無き御言葉」
「まさかサルの話が本当だったとはねえ…見ないうちにまたいい男になったんじゃない?なまえ」
「なまえ殿!それがしのことは覚えているだろうか?姉川では本当に世話になった!」
「その件は本当にお世話になりましたなまえさん。あなたがいなければ、今頃私も長政様も…」
「なまえ様!あれから蘭も精進致しました、ぜひ今一度お手合わせ願いたい!」
「…はは、ははは…」

あああああああああああああああああああああああ、帰りたい。

手前には魔王夫妻。脇には純粋幸せ夫婦と魔王の小姓、そして僕がここにいる原因である光秀くん。話さないながらも懐かしげに僕を見つめる勝家殿だけが救いだ。ああ、秀吉公、そんなに目で謝らなくても気にしてないから僕。嘘だけど。

姫ちゃんのとこで光秀くんに見つかったかと思えばあれよあれよと無理矢理連れてこられた安土城。なんでも秀吉公の話を聞き付けた信長公が僕を探していたらしい。なにか手掛かりをと姫ちゃんのところへ来た光秀くんが僕を見つけたというわけだ。以上。そしてもう一度言う。帰りたい。

(僕もともと織田さんとこって苦手なんだよな〜…)

みんな根はいい人なんだけどなあ。信長公の言葉を借りると苛烈過ぎるんだよいろいろと。普段はそうでなくても、信長公が関わると途端に豹変する。それだけの魅力や惹き付ける何かがこの人にあるってことなんだろうけど、僕は少し苦手だ。

昔何度か戦に駆り出されたことあったけどしんどかったもん。空気とかピリッピリ。唯一の救いである浅井夫婦は途中で敵になっちゃったし秀吉公も信長公一筋なとこあったし…戦がなくなっててよかった。ほんとに。

うろうろさせていた視線を信長公に戻すと、すぐにかち合う。ずっと見られてたのかな。

「…何故舞い戻ってきた、闇の化身よ」
「あー、やだ、それ恥ずかしいからやめてください。誰だよそんな名前付けたの…」
「なまえ殿、信長様の前ですよ。言葉に気を付けてください」
「……特に深い理由はないです。ただ、この素敵なご時世に戦起こしてやろうだなんて考えてないし、誰かの首を取りに来たわけでもないです。単に自分のしたいことのために、出てきました」

すべて真実だ。しかしこの深い黒を携えた目から逃れようとすれば、どんな真実も偽りだと取られてしまう。頑張って逸らさない、ように、する、けど、こ、怖い。耐えろ僕。

「……問いを変えよう」
「へっ、」
「義元は元気にしておる、か?」
「っ!!」

どくりと心臓が一際大きく鳴った。嫌な汗が背中を伝う。僕だけじゃない、他のみんなも驚いてる。すっかり忘れかけていた、一部の人間しか知らない秘密。

(…本当は全部知ってたんだな、くそ)

観念したように苦笑いを漏らせば、堪えていたかのように大笑いした信長公。

「ククク…で、あるか」

やっぱりこの人苦手だ、僕。










「つっかれたあ…」

ふらふらと覚束ない足取りで城下町を歩く。あれからずいぶん長い間付き合わされた。秀吉公のとことはえらい違いだ。あそこは一日いてももっといたいって思えるけど信長公のとこは一時間いるだけで帰りたくなる。嫌いって訳じゃないんだけどなあ。本当に疲れた。

さて、せっかくこんな地獄にまで連れ回されたんだ。お土産買って帰ろう。こんなとこ今日みたいに無理矢理じゃないと来たくもないからな。なにか美味しいものでも買って、くのいちのとこへ遊びにいこう。癒されなきゃ死んじゃう。

「お待ちください利家様!お品をお忘れです!」

ふと甲高い女性の声が響いた。恐らく近くの商店の店員かなにかだろう。利家…誰だか知らないがお品をお忘れだぞ、おっちょこちょいな奴だな。

さあてなにかめぼしい物はないかと適当に近くの商店に入ろうとした。

「おい、」
「いっで!」

次の瞬間いきなり肩を掴まれ、すごい力で振り向かされた。なんだよ痛いなと睨み付けるように顔を見る。なんだろう、知らないぞこんな野蛮な男…あれ、ちょっと待てよこの顔、どこかで…

「…なまえ?」
「!」
「っ、やっぱりそうか…なまえか、なまえだよな…!?」
「いっ、ちょ、いだ、いだだだだ」

どうやら顔見知りらしいが、僕の名前を呟くのに比例して肩を掴む手の力が強くなっていく。なんだこの馬鹿力。見覚えのあるその顔を思い出そうと思ったがやめだ。逃げよう。まったくこれだから織田軍は。

「いやあ、人違いじゃないですか。痛いし」
「ざけンな、俺がお前を見間違えるはずあるかよ!」
「なんの自信と根拠だ…」
「はあっ、はあっ…とっ、利家様、お品を…!」
「あ!?あ、ああ、悪ィ」

さっきの声の女性だ。なんだこの男が利家とやらだったのか。しかしそうなると知人ではないな。僕の記憶が正しければ利家なんて知り合いいなかったはず。いたとしてもこの近辺の人ってことは織田軍だつまりあんまり深入りしたくない。

女性から包みを受け取った利家という男は、再び僕を見据えた。やだなあこの手、全然剥がれない。

「なんでだよ、なんで知らないふりすンだよなまえ…」
「ふりというか素で覚えてないというか…あ、言っちゃった」
「はあ!?お前…嘘だろ…!?」

大きく目を見開いたかと思うと、すぐにしゅんと悲しそうな顔をした男。あれ、まただ。この顔も知ってる。まるで捨てられた子犬のような………犬?

『俺、なまえに撫でられンの、好きだ』

頬を染めてうっとり笑う記憶の中の少年を思い出した。記憶に添うように、少しだけ自分より高い位置にある頭を犬や猫にするように撫でてみる。

するとどうだろう。驚いたのかまた大きく目を見開いて、今度は泣きそうな顔をした。覚えてンじゃねえかよ、と小さい小さい声が聞こえる。

「……ああそうか、君か」
「遅ェよ馬鹿野郎!」
「ぐえっ」

人目も憚らず抱きついてきたこの大きい男を僕は知っていた。

「久しぶり、犬千代くん」

信長公とは違う意味でだが、少し苦手な子だ。




(体が大きくなった分、少しじゃすまないかもしれないな)


150114