「姫ちゃん」

返事の代わりとばかりにベベンと響いた三味線。ちょっと…いやかなり変わってしまったなあと彼を見れば、フ、と鼻で笑われた。

「ついに来たか、なまえ」
「…ほんとのほんとに姫ちゃん?お兄さんとかではなく?」
「お前の言う姫があの弥三郎のことなら本当だ」
「………」

時の流れの恐ろしさを痛感した。いや分かってたよ。元からこの子が男だということは。でもさああれだけ女の子女の子してたんだからもっと細身というかそうでなくてもか弱そうに成長すると思うじゃないかこちらとしては。なのになんだよあの腕。なんだよあの胸板。僕より立派じゃないか解せぬ。しかも性格とか口調もなんかおかしいもん。いや、ここはしっかり男らしく成長していることを褒めるべきなのか?聞けば土佐の大名になったとか言ってるし。多少僕の記憶の中の可愛い姫ちゃんとはかけ離れてしまったが、まあ、うん、すごいことだし。素直に褒めるべきか。

「姫ちゃ…いやいや、元親くん。立派になったね。僕は嬉しいよ」
「なんだその棒読み加減は」

そして何故こちらを見ない、と続く鋭い指摘に苦笑いした。嬉いっちゃ嬉しいよ本心だよ。やっぱり男の子だったんだって安心したよ。だってあの頃の姫ちゃんはほんとに性別疑っちゃうくらい可愛かったもん。

でも一体なにが姫ちゃんをそこまで変えてしまったのか。

「そうか恋か姫ちゃん」
「なんのことだ?」
「どうしてそんな風になっちゃったのかと思って」
「恋なら弥三郎の頃からずっとしている」
「えっ、ほんとに!?初耳!」

誰だろう、僕も知ってる子かな。ちゃっかりしてるなあ姫ちゃん、と口を開こうとしたら、すーっと指を向けられた。顔に。

「………ん?」
「ん」
「ん?」
「…まさかあの時の俺の言葉、忘れたわけではあるまいな?」

再度首を傾げると同時に撥が飛んできたので焦った。丁寧に受け止めたけどね。道具は大事にしなきゃ駄目だぞまったく。

あの時の、なんていったいいつの話だよ。最後に話したのだってもう10年以上は前だぞ。

「……本当に忘れてしまったのか」
「何かの書にでも記してるって言うのなら話は別なんだけどね」
「…ふっ、まあいい。お前らしいと言えばお前らしい」
「なぜか褒められてる気がしないな」
「ならばもう一度言う。今度はその魂に刻め、なまえ」

気付けば目の前にいた姫ちゃん。撥を受け止めた僕の手を強く握り、そして囁いた。

「俺はお前が好きだ。結婚しよう」
「普通に無理だろ」
「なっ…俺が姫だった頃は笑って受け入れただろう!」
「受け入れてないよ笑って流しただけだよ!」
「やはり覚えていたではないか!」
「しまった!」

覚えてるよ覚えてるに決まってるだろ!あんな可愛い子に「大きくなったらなまえお兄ちゃんのお嫁さんになる」とか言われたら嫌でも忘れられないよ可愛すぎるだろ戻ってきてあの頃の姫ちゃん!

だがしかし互いの性別からそのようなことは不可能だと知っていた僕は否定も肯定もせずただ笑って流しただけだ。絶対にそうだ。

「というわけで結婚なんてできないんだ残念ながら」
「いいや、俺は諦めん。この世のありとあらゆるものに抗ってでもお前を手に入れてみせる」
「その無駄な反骨魂他に活かせないかな」
「無理だな」
「即答…わっ、」

押し倒されたせいでカランと音を立てて落ちた撥。なんて力だ。本当に男になったんだなあと思い知らされる。

顔に落ちる髪がくすぐったくて目を瞑ったら、何を勘違いしたんだか接吻されてしまった。

「…そういう合図じゃないよ今の」
「そうか?俺には絶好の機会に見えたが」
「あの姫ちゃんが接吻の一つじゃ動じなくなったなんて信じたくないなあ」
「馬鹿を言え。これでもひどく緊張している」

言われてみれば、口付けられてから目が合っていない。よかった。ほんの一握りぐらいではあるがまだ可愛い姫ちゃんは残っているようだ。心なしか赤い頬に触れるとぴくりと震えた気がした。

好意を持たれるのは嫌いじゃない。ただ理由がいまいちよくわからない。先生にしてもそう。佐吉くんにしてもそう。どうして僕なんかをあんなにも想ってくれるんだろう。

何より、その想いに応えられないのが歯痒くて辛い。応えればきっと楽になれるのに、それができないのはきっとずっと僕の中にいるあの子のせいだ。

「……俺の目の前で考え事か?」
「どうすればあの頃の可愛い姫ちゃんに戻るのかなあって」
「お望みとあれば、お前の前でだけでなら姫を演じるが」
「それは遠慮しとく…」

「元親殿!至急お尋ねしたいこと、が、」

「………え、」
「なんだ光秀、間が悪すぎる」

押し倒されたまま絶句してる僕と邪魔されたことに対して不機嫌な姫ちゃんと、そして、頭がついていかずぽかんとしている光秀くん。なんだこの状況。逃げたい。



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