「いやー、こんな時間までお世話になりました」 「ほんとに行っちゃうのかい?二日三日泊まっていってもいいんだよ?」 「そうだぜなまえ〜!まだ男福島の武勇伝語りきれてねえよ!」 「はは、ありがとう…でもまだ行きたいとこがあるんだ。またお腹空いたら帰ってくるよ」 「なんじゃそりゃ!」
秀吉の一言にまたどっと笑いが起こった。話し込むにつれて正則や清正の態度も昔のように軟化し、日が暮れるまでには大坂城を出るつもりが、結局月が明るく見えるほど暗くなってしまった。もう遅いし泊まっていけと言うねねに対し、まだ行くべきところがあると丁寧に断ったなまえ。また来るのであれば無理強いすることもないだろうと、城の皆は大人しく見送ることにした。
「…またいつでも来いよ、待ってる」 「ん。清正くんも正則くんも、三成くんも、元気でね」 「ふん」 「返事になってませんよ殿」 「左近ももう出るんじゃったな。気ィつけてな」 「ありがとうございます秀吉さん。今日はご馳走さまでした」 「ありがとねーおねねちゃん」 「いいんだよ。毎日美味しいご飯作って待ってるから、またいつでも帰ってくるんだよ!」 「はーい」
なまえの返事を合図に、左近は馬に跨がった。もちろんなまえは自力で移動するつもりである。軽く屈伸をし、再び秀吉たちと向き合った。
「んじゃ、また」 「なまえ」 「!」 「…忘れるなよ」
意味ありげに呟いた三成に、なまえもまた意味ありげに苦笑いを返した。
「はあ?なんだよそれ、お前いつの間になまえと秘密なんか作ってんだよ!」 「お前には関係のない話だ」 「あー、とにかく!また遊びに来ますね秀吉公。今日は一日お世話になりました!」 「おう、気にすんな!みんなずっと待っとる。お前さんもうちの家族じゃ、いつでも好きな時に帰ってこい!」
豪快に笑った秀吉に一度だけ頭を下げ、なまえは走り出した。それに合わせて左近も馬の腹を蹴る。
「それじゃあ皆さん、お元気で!」
手をぶんぶんと振りながら、なまえと左近はあっという間に走り去っていってしまった。小さくなってしまった背中を見送り、秀吉はまた小さく笑った。
「さぁて…ついに帰ってきたで、闇の化身が」
「……時になまえさん」 「んー?」 「城にいた時には懐かしい話で盛り上がっちまったんで、聞けなかったんですが」 「……はあ、またその話か…いーい?僕別に隠れてる間なにか特別なことしてたとか、そんなんじゃないからね」 「はい?なんの話です?」 「え」 「俺が聞きたいのは、あんたのその変化のしようですよ」
どからどからと騒がしい馬の足音にも負けないくらいの声で話す二人は、夜の風景にとても似つかわしくなかった。なによりすごいのは、馬に負けない速さで走りながらも息一つ切らさずに話してのけるなまえの身体能力である。相変わらず衰えてないなと思いつつ、左近は続けた。
「あんたと最後に会ったのは、武田について話を聞かれたあの日だ。その日のあんたの様子も少しおかしかったが、今日また再会して確信した。なまえさん、あんた、変わりましたね」 「……そ、かな?」 「それもちょっとやそっとの変化じゃない…戦漬けだった頃と比べると、最後に会った日、そして今のあんた、すごい変化ですよ?俺が知りたいのは、俺が知らない時期のあんたのことです」 「…………」 「何があんたをそこまで変えたのか…しばらく姿を消してたことと、何か繋がりがあるのか…それが知りたい」
冷静に、それでいて真剣に語りかける左近になまえは沈黙した。馬の足音となまえが地を駆ける音しか聞こえない。
少し時機を間違えたかと左近は首をかしげる。話題を変えようと口を開いた時、なまえは不意に大きく飛び上がった。
「っ、なまえさん!?」
慌てて馬を止めた左近はなまえの姿を目で追った。そのまま近くの大木の枝に飛び乗り、左近を見下ろすなまえ。
その顔は、無表情だった。左近の言う戦漬けだったあの頃と同じ顔。ぞくりとした瞬間、またなまえは表情を変えた。今度は城で何度も見せていた、屈託のない笑顔。
「なーんでそんなこと知りたいの?聞いても君の利益になるようなことはなに一つないぞ」 「…なに、ほんの興味本意ですよ。あんなに冷たかった闇の化身が、どんな強者に溶かされてしまったのか」 「………変なの。左近くん、もしかして僕のこと好きなの?」 「……そうだと言ったら?」 「えっ、」 「好きですよ、実力もあるし物分かりもいい方だ。あとは、たまに見せる気まぐれなところを直してくれたらもっと好きになるんですがねえ」 「……はあ」
左近くん、やりづらい。それだけ残して、なまえは夜の闇に消えた。
(やりづらい、は) (こっちの台詞だ)
140204
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