「マッジかよマジかよマジかよマジじゃねえかよぉ!あれ!なまえじゃん!」 「静かにしろ馬鹿。話が聞こえん」 「清正はともかく、やはり正則に言うべきではなかったな」 「んだとこの頭デッカチ!昔みたいに言いつけてやんぞ!」 「「いいから黙れ馬鹿」」 「んなあっ、清正まで…!」
ひそひそと声を潜めて襖の隙間を覗く。その先には秀吉様、おねね様と談笑をしているなまえの姿があった。こんな真似をせずとも堂々と入ればいいのだが、驚かせてやろうぜという正則の謎の提案によりこうして身を隠しているのだ。まったく、何故俺までこんなことを…
「……変わってないな、なまえ」 「だな。しっかし、今の今までどこ行ってたんだぁ?」 「知らん。だが、きっと秀吉様たちもそのことを聞いているはずだ」 「お前や左近はまだ聞いてなかったのか?」 「聞く暇もなく行ってしまったのでな」 「まあ理由なんざ何でもいいけどな!またこうして戻ってきたんだし」
正則にしては的を得ている答えに黙って肯定した。それもそうだ、理由なんてなんでもいい。たしかに黙って姿をくらませたのはいただけないが、戻ってきてくれたことは事実。
秀吉様たちと笑い合っているなまえの横顔を見て、だらしなく頬が緩むのがわかった。その時、口元は笑ったまま、ちらりと横目でこちらを見たなまえと視線がかち合う。長年いなかったとはいえ腐っても忍び。こちらの行動などお見通しだったわけだ。
(あとで来い)
口だけを動かしその場をあとにした。奴ならばこれだけで伝わるだろう。
「あ?なんだよ三成、もう行くのかよ」 「どうせもうしばらくは三人で語らい合うつもりだろう。俺は自室に戻る」
二人を残して襖から離れた。
「して、どうして急に?」 「んまあ…私事ですね、簡単に言うと。ただの野暮用というか」 「ひょっとして、あの子に何かあったのかい?」 「ん?あの子?」 「っ、おねねちゃん…」 「えっ、ああ!いやいや、なんでもないよ!気にしないでおくれお前様!」 「そ、そうか?まあなんでもええが」
からから笑う秀吉に、一瞬だけ静まり返ったその場がまた明るくなった。ねねがつい漏らしたあの子というのはもちろんなまえの実の妹であるくのいちのことである。どういうわけかこの男、忍び仲間以外にはこのことを知られたくないらしい。ねねを忍び仲間と捉えるのもどうかと思うが。
「急に姿見せんくなったと思えば急に現れる…相変わらず、自由気ままで羨ましいわ。けどあんま心配させんな?お前さんにはいろいろ世話んなっとるし、まだ死なれちゃ困る」 「そう簡単にはくたばりませんよ。けど、そう言ってもらえるのは嬉しいです」 「そうだよなまえ!あたしやうちの人だけじゃなくて、清正達だってなまえのこと大好きなんだから!」 「……僕は思いの外愛されてたみたいだね」 「当たり前だよ〜!ねえ、お前様?」 「むしろ自覚ないっちゅうのがおかしいくらいじゃがのう…ま!そういうこっちゃ。今後も遠慮せんと、いつでも遊びに来りゃええ!」
背中をバシバシと叩かれる。嬉しいのは本心だ。しかし同時に恥ずかしさから来るむず痒いものもあったなまえは、話題を変えようと先ほどちらり見た襖の向こうへ視線を移した。
「あー…ところで秀吉公、あそこの二人ってもしかして」 「「!」」 「んん?おお!なんじゃお前ら、ずっと隠れとったんか?」
襖を指差したなまえと秀吉の言葉に、隠れていた清正と正則はおずおずと襖を開けて入ってきた。やはりそうだった、と懐かしい顔が見れたなまえは目を輝かせる。しかし当の二人は久しぶりの再会のせいか、なかなか目を合わせようとしない。なんだか可笑しな光景に、秀吉とねねは吹き出してしまった。
「なぁに照れとるんじゃお前ら!ほれ、ずっと会いたいっちゅうとったなまえじゃぞ?」 「えっ、そうなのか?」 「は、はあ!?待てよ叔父貴!そういうの本人の前で言うとか無しだろガチで!」 「別に会いたかったとかではなく、ただ心配していただけで…」 「はいはい、照れ屋さんだねえ正則と清正は」 「そうか、二人とももう名前が…」 「お、おう!そうだぞ!だからもう子ども扱いすんなよな!な!」 「僕からすれば君たちはずっと子どもだからなあ」 「……それで、今までどこにいたんだ?」 「あー、それは」 「まあまあ堅い話はまた今度にして、飯でも食わんか?そろそろええ時間じゃろ、ねね!」 「そうだねお前様!あ、もちろんなまえも食べていきなよ!」 「…んじゃあ、お言葉に甘えて」
あれよあれよと流れていく会話に苦笑いしながらも、なまえは秀吉とねねに感謝した。何も知らない秀吉でさえこうしてさりげなく守ってくれる。思えばこの二人には感謝してもしきれないほどに助けてもらっていたのだ。
久しく感じる暖かさに、なまえは何も考えず包まれることにした。
(今も昔も、変わらず僕を思ってくれてありがとう)
140124
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