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All shafts of shelterless tumultuous day



己の心に適う愛しい女性を。艶めく眼はケレスの娘プロセルピナのようであり、眉間に皺寄せ咎め立て不快を露にする術を苛む神のプルートーが教えたりしない頃の、腰、脇腹の白き事ならヘーベーのものと見紛うばかり。腰帯の黄金の留金掛らずに女神の衣が足元に滑り落ちたかの時の、美しき酒杯を女神は捧げる──断つがいい、幻想を捕えて繋ぐ絹の絆の網の目を、牢獄に繋ぐ端綱をば疾く断つならば、掛かる数ある喜びを幻想は運んで来よう。羽ばたく幻想を漂泊に任すが良い。悦楽は遂に一処に留まらず。私とサラは、門を抜けて庭に出た。私は心中で打ち震え、彼女のドレスの裾さえ崇めていた。一方、彼女は落ち着き払い、私の服の裾など見向きもしなかった。私の横を歩く彼女の充足した上位者の雰囲気と、彼女の横を歩く私の未熟で卑屈な雰囲気は余りにも対照的だと思った。自分の事を、単なる彼女の仕事仲間になる身と考えていなければ、その違いは尚更私を苦しめた事だろう。目の届かない奥まった場所は雑草が伸び放題で、二、三回其所を巡った後、私達は射撃場の中庭に出た。此処に来た最初の日、彼女が幾つもの銃弾を正確に浴びせて模型の頭を吹き飛ばした正確な場所を指し示すと、彼女は興味なさげに冷たい視線を投げ、「そうだっけ?」と言った。余所者と高らかに謳ってきた青年らを、こっぴどく打ちのめした──特に暴力を振るった訳ではなく、生まれ付き身に付いていた矜持をサラが叩き割った──正確な場所を教えても、「憶えてないわ」と答えた。「危うく懲戒処分になるところを、私が揉み消したのも覚えてない?」と聞くと、「ええ」と言い、僅かに首を振り、周囲を見た。彼女がすっかり忘れ、気にもしていない事に、私は今一度心の中で泣いた──それが最も胸を刺し貫く泣き方である。「分かってるでしょうけど」 と彼女は麗しく、才気溢れた女性らしく、まるで下の者を思い遣るような態度で言った。私はその先の言葉を聞くのが怖かった。
「私には心がないの。心と記憶が関連していればだけど」
それは違うと思う、といった事を私は辿々しく述べた。僕には分かる、心がなくてこんなに綺麗な事など有り得ない、と。「ああ、刺されたり撃たれたりする心臓はあるわよ、間違いなく」 と彼女は言った。
「勿論、それが鼓動を打つのを辞めれば、私も存在しなくなる。でも、言いたい事は分かるでしょう。私には優しさがない。同情も感傷もないし、馬鹿げた事は受け付けない」
美しいドレスの裾が地面を擦っていた。サラは片手でそれを持ち上げ、もう一方の手で軽く私の肩に触れて歩いた。荒れた庭を更に二、三回巡ったが、私にとって其所は花盛りの庭だった。例え古い壁の割れ目から生えた黄色や緑の雑草が貴重この上ない花々だったとしても、あれ程に思い出の中に大切に仕舞われる事はなかっただろう。私は、この出会いが私達を結び付けるものである事を心から確信し、喜んでいる最中でさえ、彼女の美しさと態度が醸し出す近寄り難さに酷く苦しめられた。何と哀れな青年!何と夢見がちな男か!

サラが辞し、ハリーと二人切りになると、未だ快活に笑う事を忘れてはいない彼は私の方を向いて囁いた。
「ヘレネーは綺麗で、品があって、立派に成長したみたいだ。君は彼女の事が好きなのか?」
「彼女を見たら誰だって好きになるさ、ハリー」
ハリーは私の肩に腕を回し、些か私の頭を自分の方へ無理に引き寄せながら、他人を愛する事を未だ知らぬ、愛国心の正義に燃えているだけの親友は言った。
「彼女を愛して、愛して、愛せよ!君に対する彼女の態度はどうだ?」
私が答える前に、その余りにも難しい質問に答えられたとして、ハリーは繰り返した。
「いいか、マーリン。彼女が好意を示したら、愛してやるんだ。例え君を傷付けても、男なら愛してやるんだ。君の心をズタズタに引き裂いても、君の心が歳を重ねて強くなればなる程、傷は深くなる──愛して、愛して、愛せよ!」
ハリーがこの言葉を発した時程の真剣な情熱を、私は目にした事がなかった。だが、琥珀色の瞳は至って穏やかなものだった。これだけ繰り返すという事は、本気で言っているに違いないが、ハリーの唇から繰り返し出て来る言葉が "愛"ではなく、"憎悪"や"絶望"、"復讐"や惨たらしい"死"であったとしても、これ程に呪いのように聞こえる事はなかっただろう。大地は右手と左手に広がり、生きている絵のようである。何処も彼処も、最上の明かりに照らされ、音楽は望まれるところに集まり、望まれないところに消え、公共の道路の愉快な声、道路の陽気な爽やかな感情が街を満たす。私は君から離れる事を恐れない。だが、私は君を愛している。君は、私が自分自身を表現する以上に見事に、私を表現してくれている。君は私にとって、私の詩以上のものとなるだろう。私の耳には、夜遅くまでハリーの『彼女を愛して、愛して、愛せよ!』という言葉が響いていた。私はそれを都合よく改変し、天井に向かって「彼女を愛して、愛して、愛している」と何百回も唱えた。すると突如、しがない家柄の自分とサラが結ばれる運命にある事に感謝の念が湧き起こった。そして、生憎彼女がその運命に有頂天になる程に喜んでいないとしたら、いつ私に興味を抱き始めるだろうと思った。今静かに眠っている彼女の心を、いつ目覚めさせるべきだろう、と。脳裡の彼女は私に微笑み、お休みなさいと言い、あの部屋へ消えた。私はその部屋の前に立ったままドアを眺め、彼女と一緒に住めたらどんなに幸せだろうと考えた。 一緒にいても決して幸せにはなれず、惨めになるばかりだという事は分かっていたが、私の意識はいつまでも彼女の部屋の前を漂っていた。

本部の内外で、私はサラから有りと凡ゆる辛い仕打ちを受けた。親しいが愛情のない彼女との関係の所為で、頭が可笑しくなりそうだった。彼女は他の崇拝者を遠避ける為に私を用い、親しい事に漬け込み、私の献身的な振る舞いの中に絶えず隠れた。例え私が彼女の秘書、執事、腹違いの兄、貧しい親戚、果ては彼女の許嫁の兄であったとしても、あれ程に彼女の近くにいながら、希望から程遠いところにいるとは感じなかった事だろう。互いに呼び合う特権すら、そういう状況では私の苦悩を深めるばかりだった。他の求愛者も気が触れんばかりになっていたと思うが、私自身の気が触れそうな事は何よりも確かだった。サラの崇拝者は引きも切らなかった。私自身が嫉妬心に駆られ、彼女に近付く男がみな崇拝者に見えたという事もあるが、それ抜きで考えても多過ぎる程だった。英国中の支局で彼女の噂を聞き、凡ゆる事で彼女の面影を追い掛けたが、全て惨めな結果に終わった。彼女と一緒にいても幸せな時は一時間と続かず、それにも関わらず、死ぬまで彼女といる幸せを寝ても覚めても思い描いた。
「貴方は警告されても聞かないの?」
「どんな事を?」
「余所者である私の事よ」
「君に惹かれてはいけないって事か?」
愛は盲目と言うだろう、と答えるべきだったのだろう。しかし これが私の大きな不幸の一つだったのだが──サラは私のものにならない。その事実が明瞭に眼前にちらつき、何か彼女に関する事が起こると、身体中の血液が危なっかしく沸騰した。それは、他の支局へ私が赴いた時の事である。一人の男──以前、この男は、余所者である彼女の噂を聞き付け、真の上流階級と真の愛国心の意味を私の前でまじまじと説いて見せた──が私に嫌な流し目を送って来た気がしたが、元から互いに好意など抱いていない為、さして意外でもなかった。だからこそ、この男が一同に乾杯を求める相手として「サラ」と言った時の私の怒りと驚きは如何許りだったか!「誰だって?」私は言った。「君の知った事か」 男は言い返した。「何処のサラだ?何処なのか言う義務があるぞ」 そんな義務は何処にもなかったのだが。「カルカソンヌのサラだ、諸君」男は質問した私の方を向かずに答えた。「あの比類なき美女の」比類なき美女の何を知っているというのだ『その女性なら僕も知っている。もう充分過ぎる程に!』と言いたかった。だが、何も言う事が出来なかった。すっかり私は、機知の棘が付いていたかのように無性に腹が立っていたのだった。カルカソンヌのサラ。何故あの程度の男が彼女の出身地を知っているのか、また、あれ程に馬鹿にしていた彼女に今度は乾杯を求めるなんぞ、何という卑劣な野郎だ!懲戒処分を覚悟で、思い切り奴の首を絞める事も考えた。彼女の一番近くにいる私でさえ、乾杯を求める事すら出来ないのだ。彼女は誰のものにもならない。ましてや卑劣な男のものになんぞ絶対に。もしそのような事になれば、この私が眠っている彼女の眼を覚まさせる!と──責めたり疑ったりはしていないし、信用出来ないと言うつもりもない。ただ自分の考えが正しいという確証が得たいだけである。どうして真実が知りたいのか、何故知る権利があると思うのかと問われれば、自分は彼女を長く心から愛しており、今や失恋して孤独な人生を送らなければならないにしても、彼女に関わる事は何であれ、この世の他のどんな事より近しく、愛おしく思えるからだと答える──。