A BOUQUET OF FAIRYTALES FOR YOU

TATARIAN ASTER - introduction 


 幸運、という言葉がある。

 それは「よい運」とか「巡り合わせがよい」とか「しあわせ」だとか、そういった意味を持っていると辞書には載っていた。
 先人がそうやって定義するならばその言葉にはその通りの意味が寄せられ、一般的に用いられるのだろう。私も、そう理解はしている。

 けれど、それでも。私は「幸」と「運」は別の場所にあるものではないかと思ってしまうのだ。
 運が良くても、必ずしも幸せなわけではない。運が悪くても、必ずしも不幸せな道を辿るわけでもない。だからこうやってくっつけて、セットにして語ることが少し、『違う』のではないかと。

 例えば運良く、衣食住に困らない生活を送ることが生まれながらに決まっていたとして。その中では感情すらも殺して命を消費するしか許されないのなら、それは幸せと呼べるのだろうか。
 例えば運良く、煌びやかな世界で王子様の手を取り踊ることができたとして。そんな一瞬の夢の後に惨めで暗い場所に蹲ることが必然とされるのなら、それは幸せと呼べるのだろうか。
 例えば運良く、ずっと焦がれた未来を与えてくれる魔法のような手を差し伸べられたとして。それが愛したかった誰かとの別れを意味するのだとしたら──そんなもの、きっと幸せと呼ぶべきではないのだろう。


 ──俺のことなんて忘れて、自由に生きろよ。

 ──お前に幸運を。櫻子。


 その手に乗っていた綺麗な靴は、美しくて広い世界を飛び回るのには十分すぎるほど立派な翼だ。足に合わないくせに無理やりねじ込んでしまったから、歪に砕けてしまったけれど。
 自由な世界は痛む足には思ったよりも不自由で、通り過ぎた道はあの日の破片だけがキラキラと光って、綺麗だった。

 ああ、不幸せだと、思っているのに。

 不幸にも、幸運を味方につけて、私は今ここにいる。
 なんて、納得するはずない。──なんて、
 そんなことすら叫べないまま、私は今ここにいる。

 運良く、こんな自由の中を、今日も生きていくのだ。


Tatarian aster - あなたを忘れない



- ナノ -