A BOUQUET OF FAIRYTALES FOR YOU

COLUMBINES - main story! 4 


 どうやら彼らの目論見は、無事に成功したようだった。

 客席最前列の中央で、Ra*bitsの1年生の隣に立ってステージを見上げながら、あんずはいつの間にやら自身も呑み込まれてしまった会場の熱気の渦に、そう確信する。
 扇を片手に掲げ和装と洋装を織り交ぜた衣装の袖を翻し、一糸乱れぬ動きで華麗に舞う紅月の隣。UNDEADは、各々が自由に観客を煽りながら高らかに歌う。上品な雅やかと良い意味での俗っぽさの両極に立って、彼らは踊っていた。

 その中でも一際派手に観客の目を惹きつけるのは、UNDEADのリーダーでもある件の吸血鬼──朔間零だった。その姿に思い出されるのは、昨夜、Trickstarが練習する部屋を訪れた彼が告げた言葉だ。
 先達である彼は言った。かつて悪の権化であった彼ら『五奇人』は、学院を無秩序の世界へと変えてしまったのだと。その『悪』を征伐した生徒会は、まるで今のTrickstarと同じ革命を起こさんとする希望を湛えた存在であったのだと。

『歴史は繰り返す。それが真理じゃ。今、傲慢な暴君と化した生徒会を打ち倒そうとお主らがたった。それは必然だったのじゃろう』

 平然と、自らを悪だと名乗って笑う零の表情は穏やかで、あんずには彼が自称するような悪い存在にはどうしても見えなかった。
 何故、など単純だ。彼は、この革命への協力を決して復讐のためだとは言っていないのだから。

『これはけじめじゃ。同時にお主らが変革し……形成する、新たな夢ノ咲学院が見たいという、年寄りの好奇心じゃ。
 頼むぞ。どうか、長らく停止していた時計の針を進めておくれ』

 繋げられた言葉の群れは、先輩からの激励で、かつて学院を荒らした五奇人からの懺悔で、共に戦う友人からの約束だった。
 けれど、ならば──

『歴史は繰り返すが、人はそこで学ばねばならぬ。だからこそ、そなたらは過ちをなぞってはならんよ』

 それならこの一言は? あんずに一瞬だけ視線を寄越して、彼は何を見ていたのだろう。繰り返されるかもしれない『過ち』とは、一体何のことなのだろう。
 脳裏に、暗闇に浮かんだ白い髪が過ぎった。夜にと眩い雪の色はこの会場のどこにも見当たらなくて、あんずは無意識下に心が小さな澱を溜めたことを自覚する。
 彼女は──かつて『倒された』五奇人についていたという『プロデューサー』は、この喧騒をどこかで聞いているのだろうか。遠い空を見つめながら、少しでも祈っているのだろうか。繰り返されない歴史を、変革を、その願いが解き放たれる日を。

 ──零の作戦はこうだった。
 UNDEADが紅月と同時にパフォーマンスを行い、生徒会に肩入れすることのない一般客の票を半分奪い取る。両ユニットの持ち時間がなくなった頃合いで2winkがステージに上がり、温まった会場の空気を途切れさせないように盛り上げる。
 そして、それら全てを前座と銘打って、今回の『主役』であるTrickstarが登場する。UNDEADと2winkを踏み台に、4ユニット相撃つこのステージで彼らが頂点に登り詰めるのだ。
 計画は、つつがなく進行している。和太鼓とドラムの音がグチャグチャに混ざり合って聴こえる舞台の上で、UNDEADと紅月の実力は素人目に見ても同等だった。

 ふとUNDEADの方へ視線を向ける。と、この前ガーデンテラスで追いかけてきた金髪の先輩とバッチリ目が合ってしまった。金髪の先輩──申し訳ないことに怖くて、名乗られたはずの名前を全くもって覚えていないが。
 そんな事を考えていると、彼は唐突にこちらへ向けてパチンとウインクを飛ばしてきた。無駄に決まったその顔が何だか怖くて、思わず隣に立っていたRa*bitsの後輩達を盾にする。かなり戸惑われたがどうか許してほしいと思う。

 UNDEADと紅月の持ち時間が終わり、現れたのは2winkの双子達。彼らに急かされるように、UNDEADは悠々と舞台袖へとはけていく。

「全力でライブを盛り上げたら、転校生ちゃんにチュウしてもらえる〜って話はほんと? だから俺、全力で頑張ったんだけどな〜」
「はて? 我輩、そんなことを言ったかのう?」
「ええ!? まだボける年齢じゃないっしょ、朔間さん?」

 ……去り際に零と金髪の先輩が何かを騒いでいるけれど、聞こえなかったふりをしたい。というか、何を勝手に人をダシに使ってくれているのだろう。

 一方で、紅月のリーダーも怒りを隠さない様子で袖へと向かう。いくら怒っていようが、『ルール』で定められているのだ。彼だって従わないわけにはいかない。
 その後を、戸惑った様子の颯馬とどこか楽しげな紅郎も追っていくと、ステージに立つのは今は2winkのみだ。

「英雄は、遅れてやってくる!」
「ということで、真打ち登場……俺達夢ノ咲学院の大本命、新進気鋭のアイドル集団『Trickstar』がまもなくパフォーマンスを開始しま〜す」
「拍手でお出迎えくださいっ!」

 双子の手慣れた口上に観客達の期待が最大限に達した時、スポットライトに照らされて現れるのは正しく英雄だ。
 未熟なプロデューサーが繕ったステージ衣装を纏った未熟な4人の英雄は、調和の外の予定調和の中で綺羅星のように現れて、そして皆の希望となるのだ。

 湧き上がる歓声は、まさに勝利への力強い足音のようだった。


Columbines - 勝利/あの人が気がかり



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