軌跡

01 遠い深緋の再会 2 


 セルゲイ課長はああ見えて結構したたかなのだろうと、曰く同僚となるらしい面々と地下を進みながら、アリアは他人事のように考えていた。

 軽く話しただけでも年齢も経歴も様々な様子の5人は、持っている得物も全て違った毛色のものだった。
 ロイドは防御と制圧を主目的とし、守備に特化するトンファーを。エリィは遠距離からの狙い撃ちに長ける競技用の導力銃を。ティオは駆動を要しない簡易な導力魔法での攻撃を可能とする魔導杖を。そしてランディは重量があるものの大きな破壊力を示すスタンハルバードを。
 アリアが持つ、広範囲の敵への一層攻撃が可能な大薙刀を含め、こうやってパーティーを組むにも中々にバランスが良いメンバーだ。

 そしてそんな面々を纏めるのに相応しい人材として、ただ1人だけ捜査官の資格を持つロイドが配備されている。
 だからリーダーを彼にあてる、というのにも一切異議など出ない。ここにあと1人でも捜査官資格を持った人間がいれば、こんなすんなりと決まりはしなかっただろうに。

 ああやってこの世の全てが全て面倒とばかりの怠そうな雰囲気を醸し出しているというのに、すごーい……なんて、流石に課長も自分には言われたくないか。
 ふわぁ、と欠伸を吐きながら考え事を止める。これ以上考察したところで別に何の得もないだろうし、考えるだけ脳細胞の無駄だ。まぁ、得があったところで面倒だから考えないけれど。

 魔獣退治のために乗り込んだジオフロントで一行が見つけたのは、魔獣に襲われる2人の子供の姿だった。リュウとアンリという名の少年達……迷い込むにしたってまさかこんなタイミングだなんて、運が良いんだか悪いんだか。面倒が増えたという点を考えると、少なくともこちら側の運は悪すぎると思う。
 魔獣の群れを非戦闘員を守りながら倒していくのは、中々に骨が折れるのだ。背後に子供を庇う形をとって体良く最前線を逃れたアリアは、前衛のロイドとランディの防衛戦を掻い潜って向かってきたフロストグミを下から斬りあげて倒した。

 掃討を終えてふう、と一息。多分これが終点──つまり課長からの課題もクリアということになる。
 さっさと帰るかと、一仕事終えて頷きあった5人が振り向いた先に見えたのは、子供達が何かを考えこむような顔をした姿だった。彼らは顔を見合わせてコソコソと何かを相談した後、恐る恐るといった風に口を開いた。

「ひょっとしてお兄さんたち……ギルドの人じゃないんですか?」

 ギルド。というと、ブレイサーギルドと呼ばれることも多くある“遊撃士協会”のことだろう。
 思わぬ言葉にロイドが目を瞬き「いや……」と彼らへ首を振る。

「俺たちは、クロスベル警察に入ったばかりの新人だけど……」
「ケーサツの人間っ!?」

 わぁ、すごい食い付き。食い付きというか、驚きようというか。
 リュウという名の方の少年は、あまりの剣幕に呆気にとられたロイドが何も言わないことを良いことに、言葉を続ける。曰く、警察は腰抜けで有名だーとか、態度が横柄な割に何の手助けもしないーとか、遊撃士の方が何十倍も頼りになるーとか。
 重ねられていくお褒めじゃない言葉に、ロイドとエリィの表情が曇っていく。ティオはあまり変わらない。アリアも、まぁどちらかと言えば他人事な気分が強い。

「あらら〜、すごい言われようですよねぇ〜?」
「お前、なんちゅー呑気な……って、おい、マズイぞ!」

 同じく動じていなかったランディが、ふとアリアへのツッコミを途切れさせた。天井を仰ぎ見上げて声を飛ばすや否や、目の前に降ってきたのは巨大なドローメだ。
 突然変異というやつなのだろう、人の背丈の3倍を優に超える大きさのゲル状の巨体は、街への帰り道となるはずの階段を塞ぐように陣取っていた。大きさやドローメの鈍足具合から察するに、出入り口の扉を潜って逃げることが出来れば、簡単に撒くこともできたろうが、どうやらそれも叶いそうにない。
 ううむ、やっぱり今日は運が悪い日な気がする。アリアはふわぁ、と溜息に見せかけた欠伸を漏らした。

 そうしている間にも、魔獣は目の前の獲物へとじりじりにじり寄ってくる。……さてはてどうしましょう?
 うーん、と周りの面々の様子を伺いながら薙刀の柄を手で弄ぶ。と、真っ先に動きを見せたのはロイドだった。トンファーを構えて、前に進み出て、何をするのかと思いきや。

「ここは俺が引き付けるから、みんなは何とか脱出してくれ!」

 わぁ、なるほど、そぉいう感じ。
 ポンと手を打つアリアの横で、他の3人は慌てた様子だ。無謀な行動を止めようとするエリィに首を振って、ロイドは構えを崩す様子はない。

「ランディとアリアでその子達を抱きかかえて、とにかく隙をついて逃げろ!」
「そ、そんな……」
「──やれやれ」

 誰も引かない硬直状態になるかなぁと俯瞰していたアリアは、不意の低い声を耳にした。わぁ、なるほど、そぉいう感じ。先程と同じ事をもう一回呟いて、見上げる。
 上の通路にあるのは影。低い声は、そこから聞こえていた。

「自己犠牲も結構だが、少々短絡的すぎるな」

 ふわり、と。長い髪とコートの裾が、空中に軌跡を描く。上から飛び降りてきた影……の正体である男が、手にした刀を振りかざす。地面に片足がついた途端目にも留まらぬ速さで駆け抜けて、瞬く間に魔獣の背後に立つ。あ、目にも留まらぬと言いつつ、見えてるけど。一応。
 彼が刀の汚れを払って鞘に収めるのと、切り刻まれたドローメが四散するのはほぼ同時だった。

「わぁ、さっすがアリオっさん〜」

 思わず拍手しちゃう。すごいすごい。

「マ、マジかよ……」
「信じられない……」

 純粋な感心を込めて賞賛したアリアの横で、他の面々は呆気に取られた様子で彼の姿を眺めていた。
 先程まで5人の後ろに隠れていた子供達は、タタタと駆け出すと男の前に立ち、キラキラした目で彼を賞賛する。……あれ、私の反応、子供達と一緒? 思わず首を捻る。

 危険な場所へと入り込んだ子供達の無茶を叱りながらも優しく微笑んで、男は家に帰るぞと2人を連れて歩き出す。

「どうした? お前たちは戻らないのか?」
「え、」

 歩き出して、そしてすぐに止まって。急展開についていけないまま立ち尽くしていた面々を振り返った。不意に声を掛けられたロイドが、驚いて言葉を詰まらせる。
 先の文句が出てこない彼の代わりに、アリアは「戻りまーす」と手を挙げて応えた。

「ねぇねぇロイド? 折角ですし、向かってくる魔獣をぜ〜んぶやっつけてもらっちゃって、楽して帰りましょ?」

 あからさまな溜息をついたのは、ロイドではなく目の前の男だ。酷いなぁ、そんな珍獣を見る目をしなくてもいいのに。

「なら、グズグズするな。先程のようなこともある。最後まで気を抜かないことだ」

 そして、彼は今度こそ先陣を切って歩き始めた。子供達に懐かれながら歩く後ろ姿を、5人は各々色取り取りな顔で眺める。

 赤いコートの長い裾と黒の長い髪をなびかせて、これまた長い刀を振るって戦う彼の名前は、アリオス・マクレイン。《風の剣聖》との異名でも呼ばれる、最強のA級遊撃士──市民の信頼を集めに集める、クロスベルの守護神とも呼べる男だ。
 自分達の危機をいとも簡単に救われた。それも“警察なんか”と違って頼りになる“遊撃士様”に。なんだか、力の差を見せ付けられた感じになってしまった。

 面々は、先を行くアリオスの後ろをトボトボと追いかけて出口を目指す。そんな一団の最後尾をのんびりと歩きながら、アリアは視線をふとランディのオレンジのコートへと向けた。

 あんな魔獣、本当なら簡単に片付けられたろうに。焦った顔が妙にわざとらしくって、なんだかとっても可愛かった。
 それとも──ハルバードじゃ本気は出せないのかなぁ?

 ま、多分そんな事ないだろうけど。自分の手の中の薙刀の感触を一度握り直して確かめて、アリアはクスクスと機嫌良く笑い声を漏らすのだった。





「クロスベル警察の未来を背負う『特務支援課』初めての出勤! しかし力及ばず、いつもと同じように遊撃士に手柄を奪われるのだった! ああ、未熟さを痛感した若者達は果たしてこの先に待ち受ける数々の試練を乗り越えられるのか!?」

 ペラペラペッラペラ、カッシャカシャカシャ。
 外に出た瞬間に捲し立てられた言葉と切られまくるカメラのシャッター音に、思わずうえぇと顔を顰める。

 目の前に居るのは、おそらく《クロスベルタイムズ》の記者だ。アリオスがジオフロントに潜ったと聞きつけて、ここを張っていたのだろうか。というか、ゴシップネタなんて興味ないのに、まさか自分がネタ側になる時がくるなんて。
 女性の黄色いスーツにうんざりとした気持ちになる。もしかしたらこれから先、黄色が嫌いになるかもしれない。

「一応、この子達を最初に助けたのは彼らだ。まあ、ツメは甘かったようだが」
「あらら、やっぱりそうなんだ。ま、記事で色々書くと思うけどあんまり気にしないでね? お姉さんからのエールだと思って、これからも頑張ってちょうだい」

 面倒だな。反応するのもウザったいので、欠伸するふりをしながらそっぽを向く。けれど、彼女の興味はさっさとアリオスの方へと移ったようで……というかそもそも彼にしか興味はないようで。
 子供を伴った彼と、彼につきまとう記者は、何事もなかったかのようにさっさと街の中へ消えていったのだった。

「……何でしょう、今の」
「とりあえず、めんどくさい人ってことはよぉく分かりました……」

 とまぁ色々あったのはあったけど、課題はクリアしたのだ。さっさと課長に報告してお家に帰ろう。帰って寝よう。うん、それがいい。
 そう、呑気に思っていたアリアの耳に入ったのは、ロイドの戦術オーブメントが鳴る音だ。通信音……なんだか、すっごーく面倒事の予感がする。

 そして……結論から言うと、面倒だった。

 通信の内容は、警察の副局長の呼び出しと言う名の面倒事だ。流石にスルーするわけにもいかないと警察署に赴いてみると、副局長の部屋でグチグチネチネチ何かを言われた。うんざりだったので正直一切聞いてないけれど、多分褒めてなかったと思う。
 そして部屋の外でバッタリ出くわした別の課の人にも、何か言われた。これはなんとなく覚えている。特務支援課のことを「大変そうな割に報われない部署」と言っていた……気がする。褒められなかったわけでもないけれど、異常なまでに心配されたから逆に何とも言えない気持ちにさせられてしまう。

 なんというか、ジオフロントに突入してからというもの、いやーな気持ちになる事が中々に盛り沢山だ。心なしか、隣を歩くロイドをはじめとした年下組の顔も暗い。
 声を掛けようにも、もはや慰めの言葉すら思いつかない。彼らを横目に眺めながら、心の中でどうしたらいいんでしょう〜と唸っていると、同じように少年少女を見ていたランディと目が合った。
 ランディが赤い髪を揺らしながら困ったように笑って肩を竦めてみせるので、アリアも真似して肩を竦めた。

 さて、そんな一行が向かっているのは、セルゲイ課長曰くの「クロスベル警察、特務支援課・分室ビル」である。なにやら署でロイドに掛かってきた通信曰く、課長はそこで待っているらしい。
 中央広場の外れにある階段を下った先に、そのビルはあった。見るからに古くてボロっちいその外観は、なんとなくノスタルジーを感じる雰囲気を漂わせている。取り壊し寸前じゃないかと他のメンバーは少し不満げだけれど、アリアとしてはピカピカの新築よりもこっちの方が好みだ。

 待ち構えていた課長に「中に入れ」と促され、1階の一室に通される。
 そこで始まった話を聞いていると、特務支援課はこのビルの1階を拠点として営業を行うことになるらしい。そして、アリアら課員はこの上階に住むことになるんだとか。つまるところ、職場に住み込みというわけだ。
 「あ、じゃあ〜」と声をあげたアリアに、周りの視線が集まる。

「朝もゆ〜っくり眠れますねぇ」
「始業開始時に1階にいなかった場合は、遅刻とみなして減給だ」
「ええっ、ちゃんと職場の建物にいるのに〜?」

 セルゲイの冷たい一言に、アリアの心は大いに折れた。一人肩を落とすアリアを放っておいて、課長は話を続ける。

 なんでも「特務支援課」は、市民の安全を第一に考え、様々な要望に応える部署、らしい。市民の生活に密着するために、街中に分室が用意されたとかなんとか……にしても、なんだかどこかで聞いたことのある話だ。

「それって……」
「完全に遊撃士協会の真似っていうか……」
「ありていに言えば、パクリですね」

 ウンウン確かに。
 けど、あれだけ警察が遊撃士との比較の果てにコケにされているわけだ。パクリでもなんでも、手柄を横取りしてついでに人気も奪っちゃおうと。そんな事を、お偉いさんが考えたくなるのも分からないでもない。
 まぁ、そうやって設立された割には、警察自体の理念と反してるとかなんとかで、内部からの批判も後を絶たないらしいけれど。

 うーん、めんどくさいなぁ。先行き不安以外の何者でもない。成り行きに任せるしかなかったとはいえ、変なところに放り込まれてしまった……あまりにも酷すぎる話だ。ああ、やだやだ。

「一晩、考える時間をやろう。今ならデメリットはない。全てはお前たち次第というわけだ」

 そんな風に内心駄々を捏ねているうちに、課長のありがたい話は終わってしまったようだった。唐突に耳に飛び込んできた言葉に、アリアは一人で首を傾げる。考えろって、何をだろう。
 そのまま自由解散の空気になったので、最後に部屋を出て行こうとしたランディのコートを引っ張って止める。

「……ねぇランディ。私たち、何を考えなきゃいけないんですかぁ……?」

 ランディは一瞬呆れた顔をして、それでも律儀に回答をくれた。

「副局長も言ってたろ。特務支援課にこのまま所属するかどうか。配属の辞退だってできるって」
「あ〜、副局長そんなこと言ってたんですねぇ」
「お前な……」

 今度は呆れたような声が返ってくる。けれど、その事か。所属か辞退か。それならあまり気にする必要もない。

「もう決まってるからいいんですよぉ。ねっ、か・ちょ・お♪」

 考える余地も、権利も、アリアにはない。ま、別にどうでも良いんだけど。
 そんな気持ちは特に込めるわけでもなく、単純に課長に向けてウインクを飛ばすと「お前な……」と溜息が返ってきた。本日2回目、2人目だ。

 課長の溜息に吹き飛ばされるような心持ちで、アリアは部屋を出た。後ろからランディもついてくる。
 特にやり取りを交わしたわけではないけれど、アリアが側にあったダイニングチェアに腰掛けてテーブルに肘をつくと、ランディはその向かいの椅子に腰掛けて足を組んだ。なんだかとても足が長くて、サマになっている。

「アリア、お前なんでこんなとこにいるんだ?」
「え〜? ちなみにランディはなんでいるんですかぁ?」
「女絡みのトラブルでな」

 質問に質問を返すと意外に苦言を呈することなく、ランディは答えてくれた。

「女絡み」
「クロスベル警備隊でベルガード門に詰めてたんだが、複数手を出してたのがバレちまってな」
「へ〜」

 なるほど、“そこから”の話しかするつもりはないんですねぇ、という言葉はひとまず飲み込んでおいた。なんとなく、表情でバレた気もしなくもないけど。
 けれどまぁ、それはこちらにも好都合というやつだ。

「で?」
「罠に引っかかって困ってるところを助けてもらったので、恩返しに来たんです〜。アリアちゃんの恩返し〜」
「……さすがにそれは言い訳にしても無理があると思うぞ」

 東方で有名らしい昔話を織り交ぜた自信作なのに、残念。けれどそれ以上の追求はされなかったので結果オーライだと思う。
 さてと、と呟いて。座ったばかりにもかかわらず、ランディはもう立ち上がってしまった。なんでも、搬入した荷物の整理と部屋づくりをさっさと済ませてしまおうという事らしく。

「迷わないんですねぇ、ランディ」
「ここに来るまでに散々悩んだからな」

 少し眉を下げて、情けないような表情をわざわざ作った彼は2階へ上がる階段に足を掛けて、そしてアリアの方へもう一度だけ視線を向けた。

「お前も、決まってるならさっさと荷解きしちまえよ」
「う〜……面倒くさいです〜……」
「お前な……」

 本日3回目の呆れの言葉を最後に、ステップを上がったランディの姿は見えなくなった。

 荷解き……は、まぁ確かに早いうちにした方が良いのかもしれない。けれど必要最低限だけ、生活に困らないくらいに整えておけば、後はどうだってなるとは思う。
 だって面倒だし、段ボールに囲まれた生活も気にならない。そして何より、そっちの方が“荷造り”も早く終わるから効率的だろう。

 さってと〜。誰に聞かせるわけでもなくランディの先程の言葉を真似をして。アリアは立ち上がり、既に定められた自室へ向かうのだった。



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