響声 前編


今回は帝人ちゃんが声が出なくなる設定にしました。













この言葉が伝えられたら

声に出して伝えられたら

どんなに楽なのだろう

どんなに幸せなのだろう

この言葉が彼に届くのなら

せめて、今だけでもいい

彼に届けて

僕の心を







―――――――――――




それは突然だった。
突然訪れた。


「………っ、」


声が、出なくなった。
言葉が話せなくなった。


原因はわかっている。

今の女子高生なら当たり前にするであろう恋の悩み。
それも片思い。
相手は7歳年上。

これだけ聞けば恋話としては上等なネタになるだろう。

だが、相手が悪かった。
7歳年上のその男は、何というか特殊だったのだ。
変わっている人だった。
価値観がまず普通の人間とは違う。
生き方も住んでいる世界も、自分とは全然違う。
並大抵の人間じゃ、きっと彼には気に入って貰えない。

人間の癖に、人間を愛する男。
歪んだ博愛主義で、人を貶めるのが大好きな情報屋。

そう、自分の意中の相手とは、あの新宿の情報屋・折原臨也だった。
あの池袋の自動喧嘩人形・平和島静雄と唯一渡り合えることが出来る人間で、絶対に近付いてはならないといわれる程の危険人物。
要注意人物。


自分の好きな相手とは、そんな危険過ぎる人間だった。

でも、そんな人を僕は好きになった。

出逢った瞬間から好きになった。
彼が持つ非日常が、彼の存在自体が、彼の全てが、
好きだった。
憧れた。
恋い焦がれた。


ずっと、ずっと好きだった。


勿論、周りからは反対された。
親友たちを始め、彼をよく知る周りの人達からも止められた。

でも、それでも良かった。
どうせ、伝えるつもりなんかなかったから。
伝えたって叶わないことなど知っているし、何より彼を困らせたくなかった。

それに、言えなかった。

決して言いたくないという訳ではないのだが、如何せん自分は内向的なので、告白とかそういうのには程遠いタイプだったのだ。

こんなときにまで、内向的で利口なフリをする自分が疎ましかった。
大嫌いだった。
肝心なことは言えない癖に、彼の傍にいたがる自分が。
彼を困らせたくないという理由に漬け込んで、自分の気持ちを見て見ぬフリをする自分が。

どうしようもなく許せなかった。
博愛主義だという彼に甘えているだけだった。
チャットやメール、電話のときに囁かれる甘い彼の言葉に、騙されているとわかっていながらもはまり込んだ。
その結果、親友を失い、自分が生きる場所だった日常を失い、自分自身をも見失った。
そして、声さえも失った。
たくさんたくさん失った。
壊されて、壊されて、もう戻れなくなってしまった。
それでも、跡形がなくなった今でも崩壊は続き、壊れ続けている。

それでも、好きだった。
彼を忘れることなんて出来なかった。
諦めきれなかったのだ。
自分の弱さ故、彼に気持ちを伝えられない癖に。
それでも、彼を思い続けていた。
いっそ、気持ち悪いくらいに。
僕は壊れていた。







――――――――――――





こうして池袋でひっそりと暮らしていても、常に考えてしまうのは彼のこと。
あれから、親やかつての親友ら、知人という知人との連絡を断ち切り、アパートも引っ越し、今は新しいアパートで暮らしている。
パソコンにも携帯にも暫く触っていない。
喋れなくなってからずっと、外部からの接触は避けている。

(こんなこと、誰にも悟られたくない。)

バレたらきっと、彼にも知られてしまうから。

(いや、もう知っているのかもしれない。)

勘の鋭い彼なら、きっと、もう。

(……臨也さん、)

彼の名前を紡ごうと口を開いてみるも、パクパクと空気を吐き出すだけで音にはならなかった。
声が出せなくなったときはかなり動揺して、何度も新羅さんのところに行こうかと思ったが、結局行くことはできなかった。
臨也さんに知られるのが怖かったから。

(きっと、あの人に迷惑を掛けてしまう。)

だから、誰にも言えない。

誰にも、頼れない。

(今の僕は、一人ぼっちだ…)

自らそう望んだ癖に、実感した途端に急に心細くなった。

(臨也さん、臨也さん、臨也さん)

(会いたい、会いたいです。)










――――――――――――




「帝人君がいなくなった?」

『ああ。だから、お前にも協力して欲しいんだ。』

突然運び屋が俺の事務所を訪れたかと思ったら、唐突に仕事を依頼された。
いつもとは逆のその状況に変な違和感を覚える。

『杏里ちゃんや、正臣君がすごく心配していてな。
何しろ、突然連絡がとれなくなった上に、姿を消したらしい。帝人が住んでたアパートにも行ったが、もぬけの殻だった。今は静雄も探してくれてるみたいだが、こういうのはお前の得意分野だろう?だから、協力を頼みたいんだ。金は心配するな。ちゃんと用意し』

「ちょっと待って。」

運び屋が見せてくるPDAを手で遮って止める。
それほどまでに、この状況が整理出来なかった。
珍しく動揺している自分に、内心で舌を打つ。

「いなくなったって、どーゆーこと?
彼女、何かあったの?」

思わず声が裏返りそうになるのを必死に抑えて、声を絞り出す。
すると運び屋は、驚いたような素振りを見せた後、何か考えるようにPDAを打ち始めた。

『お前まさか、知らないのか?』

「だから、何を?」

『帝人の……いや、これは私が言うべきことではないな。とにかく、知らないなら尚更だ。きっと原因はお前にもあるんだろうから、手伝ってもらうぞ。』

「は?ちょっと待ってよ。俺別に彼女には何もしてないんだけど。」

『手伝ってもらうぞ。』

「………わかったよ。探すよ。」

有無を言わせぬ運び屋の様相に溜め息を吐きつつ、既に起動させてあったパソコンを軽く操作する。
そして此処1、2週間の彼女の足取りを追う。
粗方目を通して感じたのは、不審感。

(何かに追われてんのかな?それとも何かから身を隠している?)

わざわざ外部との接触を断ち切り、新しいアパートに引っ越している理由がよくわからない。
最近は目立った事件もなくダラーズは落ち着いているし、俺もいろいろと忙しかったから火種なんてくすぶらせている余裕なんてなかったんだが。
それに反するように、彼女は何かから逃げている。
非日常から、距離を置いている。

(何故…?)

彼女のことは特別視していたから、ちゃんと彼女が傷つかないように配慮はしてきたし、監視もしてきた。
その感情が何なのかは自分でもわかっていたが、見てみぬフリをしてきた。
自分が彼女を好きだなんて、有り得ない。
いや、違う。
正しくは、自分のような闇に支配された人間が、彼女のような穢れも知らぬ聖女のような人間を愛せるはずなどない。
愛して貰える筈がない。
そう思っていたから。
己の身体は数々の人間達の血と怨念で赤黒く穢れきっている。
そんな自分が彼女に触れでもしたら、彼女が一瞬の内に穢れてしまう気がして。
彼女まで闇に堕ちてしまいそうな気がして。
とてもじゃないが、彼女に気持ちを伝えることなんて出来なかった。
怖かったんだ。
彼女を失うのが。
彼女に嫌われてしまうのが。

(俺は、臆病者だ…)

それでも、彼女の事が気になってほっとけないのも事実だ。
俺は、ここ二週間の彼女の動向を完璧に頭に叩き込んだ後、PCの電源を落としてコートを羽織る。

『何かわかったのか!?』

「ああ、彼女の居場所は掴めたよ。」

『さすがというか、仕事が早いな。』

「当たり前だろ。情報屋ナメんなよ。」

『こーゆーときだけは頼りになるんだよな。新羅も言ってたが。』

「本当に失礼だよね、君たちカップルは…。」

『でも、一応褒め言葉だぞ!』

「はいはい。
ほら、これが住所だから。
とっとと行くよ。」

『ああ、任せろ!』

「………何か、心配だなぁ。」












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長くなりそうなので、一旦区切ります!

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