そして彼女に恋をする 4











人間は誰しも恋をすると変わるというが、本当にそうかもしれない。
少なくとも俺はそう思っている。
それに値するような変化を、確かに俺は味わった。
まぁ、俺の場合は、普通とはちょっとばかし違うのだが。
常軌を逸しているのだが。









―――――――――――




「ミカド君さぁ、これからどうするつもりなの?」

「どうもこうも、デュラハンに奪われた能力を取り戻さない限りはこのまんまですよ。」

「じゃあ、ずっと俺の傍に居てくれるって訳だね!」

「何喜んでるんですか?良いことなんて一個もないんですけど。」

「えー。だって、君とこの先ずっと一緒にいれるんだろ?
良いこと尽くしじゃないか!」

「はぁ…。全く貴方という人間は…。
僕と一緒にいたって良いことなんて一つもないと言っているのに。」

俺が買ってきた黒いワンピースを身に纏った彼女は、その裾を無造作にいじりながら、呆れたように言葉を紡ぐ。
構わずじゃれ続ける俺に、反論する気も最早起きないようだ。

彼女の黒く長い美しい髪の毛をサラサラと撫でながら、俺は飽きもせずに彼女を見つめ続ける。
少し伏せられた紺碧色の宝石は、やはりキラキラと美しく輝いたままで、俺を映し出す。

(本当に、宝石みたいだ。)

彼女の白い肌に映えるその青は、俺が最近一番好きな色だった。
だから、彼女に買い与える服だったり物だったりは、大抵青か、俺のイメージカラーでもある黒が大半だった。
黒も青も共に彼女の美しさをより引き立てる。

今更ながら、吸血鬼の言い伝えは本当なのかもしれない。
人を魅了する程の、美しさ。
実際、それが今こうして目の前にいるのだ。

彼女が言葉を紡ぐ度に、薄く開かれた唇の奥に見せる鋭い犬歯さえ、俺には彼女を形作る美しさの一つにしか思えなかった。
それが、吸血鬼の象徴だというのに。
それで人の喉元に噛みつき、生き血を啜るというのに、だ。

爪だって、今は仕舞われているが、いざとなったらそれは鋭く長くなり、簡単に人間を切り避ける強靭さを持っているのだ。

こんなにも生と死を一度に体現する存在に出逢えることは、人生において早々あることじゃない。
彼女は完全に、俺たち人間とは住む世界が違うのだと、改めて実感させられた。

(人間って、本当に弱いんだな…)

彼女と出逢ってから幾度も感じさせられてきたその苦い感覚は、確かに少しずつ俺を蝕んできていた。

(俺も、彼女と同じ吸血鬼になれれば良かった…)




思えば、これが、歪みの始まりだったのかもしれない。

そして、恐らく彼女はそれに気付いていたのかもしれない。










――――――――――――






「バレちゃいました。」

それから数日後、彼女はいつも通りの無表情で、俺にそう告げた。
それに俺は瞬時に嫌な予感を覚えた。

「バレたって、どういうこと…?」

狼狽える俺を一瞥して彼女は再び口を開く。

「だから、バレたんです。
僕の、居場所が。」

『正確には、吸血鬼の発する微弱な電波が捕らえられてしまったんです。』と、淡々と彼女は言う。
事実のみを忠実に語るその唇を俺は目で追うのがやっとだった。
それくらい、動揺していた。
落ち着いてなんていられなかった。

「デュラハンだけではないです。この街に蔓延る魑魅魍魎達が、吸血鬼の気配に気づき始めている。
それに、今の僕は吸血鬼の力を半分以上も失っている。
まぁ、絶好のチャンスという訳ですね。
人外の奴らにとっては、吸血鬼は最高のご馳走ですから。」

「そんな…っ。でも、そんなこと、させないよ!絶対させない!」

「貴方に何が出来るというんですか?
これは、人間如きにどうこうできる問題じゃない。
化け物同士の戦争なのだから。」

「でも、でも、君が喰われるのを黙って見ているだけなんて、そんなのは嫌だ!!
俺は、君を失いたくない!」

俺は必死だった。
彼女に縋りつきながら泣き叫ぶくらいには、冷静さを失っていた。

「何を、言っているんですか?貴方は何も失いませんよ。全て最初に戻るだけです。
人間を愛する情報屋、折原臨也に戻るだけなんですよ?」

「何で、そんなこと、言うの…?突き放さないでよ。そうやって、何もかも自分のせいにするなよ。
君を拾って助けて傍に置いてるのは、俺が自分で勝手にやったことだ。
だから、責任は俺にもある。

………離れようとしないでよ。」

「僕が貴方から離れずとも、いずれ僕はきっと奴らに喰われる。
奴らは鼻が利く。
直ぐに此処にもやってきます。

まぁ、どういう訳かデュラハンは僕の能力を半分奪っただけで、何もしてこないみたいですが。
……せめてもの同情か。
吸血鬼もナメられたものですね。」

俺の血を吸わなかった彼女は、出逢った頃よりも更に痩せ細り、力も弱々しくなっていった。
俺が何度も手首や首筋を切って血を差し出しても、彼女は決して受け取らない。
人間とのこれ以上の関わりを避けているのか。
唯一残された吸血鬼の誇りを守り抜く為か。
それは定かではなかった、此処数日で彼女は明らかに衰弱していった。
少しでも部屋に日差しが入ると彼女の身体は燃え上がってしまう。
白い肌には無数の火傷が残されていた。
そして、咳をすることが多くなった。
咳だけならまだしも、彼女は咳とともに血を吐く。
しかも、その吐血量は半端ではない。
まる今まで吸ってきた人々の血が彼女の身体から溢れていくように、それは止め処がなかった。
彼女から生というものが奪われていく。
その度に彼女は、自分に残された吸血鬼の能力を試すように自分の身体を傷つける。
傷の治りも遅くなってきている。

“もうじき終わりが近い”

暗く陰るサファイアの瞳がそれを物語っているようだった。

俺は、正直不安で仕様がなかった。
彼女が消えてしまう。
居なくなってしまう。

それだけでも恐ろしいというのに。
彼女の居場所が人外の化け物達にバレただと?
彼女が奴らに喰われるだと?
しかももうじき奴らは此処にやってくる。

そんなことがあってたまるか。

彼女を奪われてたまるか。

その気持ちが俺を突き動かした。

「!?な、何を…っ、」

俺は彼女の制止も聞かず、ナイフで自分の首筋を掻っ切った。

「ぐ…がっ、ぁああっ!!」

あまりの痛みと苦しみに俺は首を抑えてその場にうずくまる。
首からは止め処なく鮮血が噴き出しては、床に血だまりを作る。
慌てて駆け寄ってくる彼女に、俺ははくはくと短く息を吐く唇を懸命に動かして、彼女に伝える。

「た、すけ、て……っ」

「……っ!?」

彼女は俺の意図を読み取ったのだろう。
驚愕に目を見開いた後、泣きそうな顔で笑いながら、俺の頭ををその腕に抱え込む。

「本当に、貴方は、馬鹿な人間だ…っ。
人間の癖に、吸血鬼の僕に、僕のために、こんなことまで…。」

ポロリと一粒、彼女の瞳から零れ落ちたそれを俺は動かなくなる指で掬い上げようとした。
彼女はそんな俺の手を握り、指を絡める。

「ミ、カド……っ、」

「貴方の覚悟、確かに受け取りましたよ。」

ブツリと音を立てて、彼女は自分の手首に噛みつきその血を啜ると、意を決したように、俺の唇に口付けた。
差し込まれる冷たい舌からは微かに甘い味がした。

その瞬間俺の身体は淡い光に包まれた。

身体中が沸騰したように熱くなる。

「ぐ、ぁ…!」

その苦しさに俺はもがく。
心臓が早鐘を打つ。
脳みそが掻き回されているようにぐらぐらと揺れる。

「っ!!?」

ドクン、と大きな鼓動共に俺の身体は変異していく。
長く伸びる爪と、鋭い犬歯。

俺の身体はその瞬間人間じゃなくなった。

そう、俺は吸血鬼になったのだ。










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