そして彼女に恋をする 3









彼女は“ミカド”というらしい。
やはり吸血鬼のようで、人間ではなかった。
外見年齢こそ十代半ばくらいに見えるが、実年齢は300歳を優に越しているそうだ。

かなりの歳の差だ。

(いや、恋に年齢は関係ない。種族ですら、最早どうでもいい。)


あの日倒れていたのは彼女曰わく“同じ存在”にやられたとのこと。
その同じ存在に吸血鬼としての能力の半分を奪われてしまって、力が完全に回復するまでは時間がかかるらしい。

彼女を襲ったという、その同じ存在が何を示しているのか解らない俺ではない。
彼女と同じ存在=人外である。
池袋で人外といえば最早名物である生きる都市伝説“首無しライダー”のセルティ・ストゥルルソンがいる。
でもあのセルティが何の理由もなく彼女を傷つけるだろうか。

その理由を彼女は詳しくは話してくれなかったが、どうやら吸血鬼とは異形中の異形であり、同じ人外の者たちの中では忌み嫌われて迫害される存在らしい。
ひとたび人前に現れることなら有無を謂わさずはじき出されてしまうそうだ。
それを彼女は悲観するでもなく憎むでもなく、ただ淡々と当たり前のことのように受け止めているようだった。
何百年も昔からそうであるのだから仕方がない、と。
今更どうすることも出来ないのだ、と。


彼女が池袋に来たのは特に理由はないらしい。
ただ単に身を隠せる場所を探していたらこの地に舞い降りてしまったのだそうだ。
そして力の半分を奪われてしまった。


彼女は迫害される身だからなのか世界中を転々としていて、同じ場所に長くは留まらない。
彼女が留まり続けると、街や村が壊滅してしまうらしい。
吸血鬼故に命を狙われるのは日常茶飯事で。
しかも、それを狙うのが人外となれば尚更だ。
彼女独りならまだしも、そいつらは人間だけでなく、街全体をも巻き込んで壊してしまうから、長くは留まれないのだそうだ。


意外と、彼女は優しいのかもしれない。
自分の存在よりも周囲の人間のことを考えている。
永遠の命を持つ彼女だからこそ、人の儚さや命の重みを知っているのだろう。

『人間は脆い。』と、彼女はそう呟いていた。

そして、こうも言っていた。

『貴方は、僕に恋をした、と言っていたけれど、それは間違いですよ。
僕は吸血鬼だから、きっと惑わされているだけなんです。自分で言うのも何ですけれど、吸血鬼は人を魅了して虜にしてしまう。
だから、貴方のその感情は決して本物ではありません。
それは、紛い物です。
僕の能力が見せる夢、そして幻なんです。

人間と吸血鬼が共存するだなんて、あってはならない。』

まるで言い聞かせるようにそう言った彼女の言葉を、俺は聞かなかったフリをした。

だって、そうだろう。
そんなこと誰が決めたというのだ。

(俺がこんなに彼女に惹かれているのは、吸血鬼の能力だからという訳ではない。
そんなことだけで片付けられるものなんかじゃない。)


一目惚れだった。
初めてこんなに好きになったんだ。
それは人間じゃなかったけど。
でも、確かに俺は彼女を愛していた。








――――――――――――





吸血行為については、彼女ほど長く生き続けている吸血鬼は必要ないとのこと。
ただ、今は能力を半分失っているから、エネルギーを摂取しないと能力を取り戻すことは不可能だということ。

けれども、彼女は俺に吸血行為を求めてはこなかった。
その理由を聞くと、人間である俺を巻き込まないようにと、逃げ回っていたのだそうだ。

(でも、血を吸わないと彼女は能力を失ったままなのだろう?)

やっぱり彼女は優しかった。

彼女曰わく、能力を半分も失った状態が長期間続いてしまうと、吸血鬼は自然消滅か、同じ人外の存在に喰われるか、吸血鬼狩りの輩に殺されてしまうのがオチ、なのだとか。

そんな危険な状態に自身が晒されているというのに、俺のことを考えて夜な夜な逃げ回ってくれていたのだ。
当たり前だ。
吸血鬼は日光に弱い。
灰になってしまうから。
彼女だってそうだ。
だから、彼女が活動出来る時間帯は夜の間だけ。
そんな危険な時間帯に行動するのは相当にリスクが高すぎるというのに。

(半分とはいえ、能力を失っている吸血鬼が夜に出歩くなんて、それこそ恰好の餌食だ。)

それなのに、彼女は俺の身を案じて、姿を消そうとしてくれた。

(自然消滅だなんて、殺させるなんて、俺が絶対にさせない。)

俺は覚悟を決めた。
俺の血を吸えと彼女に伝えた。
それがどれくらいの量になるのか、俺にはわからなかったが、それで彼女を生かせるのなら、喜んで人一人分の血液を差し出そうと思った。
死ぬ、覚悟だった。


けれども、彼女は頑なに首を振るのみ。

流石に人一人分は吸わないが、吸血鬼に血を吸われると、吸われた人間は僅か足らずとはいえ吸血鬼の能力が移ってしまうという。
例えば、傷の治りが早くなるだとか、日の光を特に眩しく感じるようになってしまうだとか、嗅覚が鋭くなるだとか、そんな感じの。

(そんなの、全然構わないのに…。)

彼女の為なら俺は死ねる覚悟だった。
彼女を生かす為なら。
身体が人間からかけ離れてしまったって構わなかった。











――――――――――――





吸血鬼故に影がない彼女は、日の光を浴びると灰になってしまう。
だから午前中や日光が上がっている間は、基本的に彼女は家で大人しくしていた。
相変わらず、俺が出す食事には手をつけない。
人間の食べ物は臭いがキツいものが多く、彼女の口には合わないのだそうだ。
吸血鬼は嗅覚も味覚も聴覚も視覚も触覚も――所謂、感覚器という感覚器が全て鋭い。

厄介なものだ。
嗅ぎたくない匂いを嗅ぎ、聞きたくない音を聞き、見たくないものを見る。
きっとそれは、人間の俺には計り知れない程の苦痛を伴うのだろう。
本当に、人外とは厄介なものだ、と改めて思わざる負えない。

(でも、ずっとこのままって訳にはいかないよな…。)

「俺の血、吸えばいいじゃん。」

「だから、何度も言ってますけど、見ず知らずのただの人間を特異に出来るほど、僕は外道ではありませんってば。」

「俺は別に平気だよ。
だって吸血鬼の能力を受け継ぐったって、ほんのちょっとだろ?
それくらいなら、全然日常に支障は出ないさ。」

「本当に貴方は何もわかっていませんね。
ほんのちょっと受け継いだとしても、そのときを以て貴方は人間じゃなくなるんですよ?
吸血鬼との混血になってしまう。
それがどんなに危険なことか、貴方は何もわかっていない。」

「命を狙われやすくなるって、ことだろ?
大丈夫さ。俺はこう見えて、何度も何度も死線は掻い潜っているよ。」

(あの憎たらしい喧嘩人形のせいでね。)

「そんな問題じゃない。
だって、相手は人間とは限らないのだから。
僕らのような人外の生物の中には相当に厄介な者だっています。」

「嬉しいな。心配してくれてるんだ?」

彼女の長い髪に指を絡ませながらそう微笑むと、彼女の顔が瞬時に赤くなった。

(おっと、これは意外だったな。)

「なっ、ば、馬鹿じゃないですか!?
人間如きが生意気な…!」

「はいはい。ごめんなさい。吸血鬼様。」

「からかってるんですか…っ?」

齢300歳とはいえ、彼女は外見から言動から何から全てが可愛らしかった。
こうやって俺をバシバシ叩く手だって、最初にくらった蹴りやパンチからすれば相当に手加減されているし、何よりその照れている表情が可愛すぎる。
はっきり言えばツボだった。

(ツンデレっていうんだっけ。)

兎にも角にも、彼女への愛しさは募る一方だった。










だから、俺は油断していたんだ。


いや、勘違いしていたんだ。

彼女が僅かながらでも俺に心を開いてくれたのだと。

恋に種族は関係ないのだと。



これは、一瞬でも彼女が吸血鬼という存在である、ということを忘れた俺の責任なのだ。

“吸血鬼と人間は共存できない”

それは、彼女自身が俺に作った壁ではなく、元から決められていることだったのだ。
それを見て見ぬフリをした。

これは、俺の人生最悪で最大の後悔である。
もっと早く気が付くべきだった。






そうすれば、俺は彼女を――――









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