そして彼女に恋をする 2








新宿にある事務所兼自宅でもあるマンションに彼女を連れ帰り、ベッドにそっと寝かせる。
結構汚れていたから着替えさせようかと思ったが、何故だかそれは躊躇われた。
これ以上の接触は何故だか許されないような気がしたから。
彼女は高貴な存在のような気がしたから。

それから数時間は眠るのも忘れて彼女を観察し続けた。

細い体躯に幼い顔立ち、所々にある血痕は何を意味しているのか。
彼女自身のものなのか、はたまた誰かの返り血なのだろうか。
彼女の身体を見渡しても傷のようなものは見受けられないので、恐らく後者が正しいのだろう。

(そもそも彼女は、人間なのだろうか。
いや、やっぱり違うな。
人間から感じるモノを彼女からは全く感じられない。)

やはり人ならざる者、なのだろう。

「早く、目覚まさないかな。」

不思議と彼女への興味が尽きない。

飽きもせずに彼女を見続けていると、ふと彼女の瞼が微かに震えた。
重そうな瞼が薄く開いていく。
縁取る長い睫の間から、覗く瞳の美しさに息が止まる。
真夜中の海面のように群青に輝くそれは、まるでサファイアのようにも見えた。

「………っ、」

(何て、美しいのだろう。)

改めて直に感じる彼女の美しさに、俺は歓喜に打ち震えた。

数回瞬きを繰り返す内に光を取り戻していくサファイアは尚一層妖しく美しく輝いた。
自身が置かれた状況を把握しようとしているのか、彼女は視線を何度も逡巡させる。
そしてその瞳が臨也を捉えた瞬間、大きく見開かれた。

「……っ!?」

バッと勢いよく起き上がった彼女は、部屋の隅まで後退る。
フーフーと猫のように威嚇しながら、警戒心を剥き出しながら、俺を強く睨みつける。

(ああ、何て、美しい…)

それすらも俺は何故だか愛しさを感じ、己の危機も顧みずに彼女に近づく。
彼女に手を伸ばすと、彼女は俺の手を払いのけたり引っ掻いたりする。
血まみれになるそれに構いもせずに俺は尚一層彼女との距離を詰めると、彼女を抱き締めた。
警戒心が限界に達したのだろう。
彼女は、暴れまわって俺を蹴ったり殴ったりしている。
途中でバキッやらメキョッやら嫌な音が自分の身体から聞こえた。
それでも構わず、更に彼女を抱き締める腕を強くすると、彼女は苦しそうにもがく。
そんな彼女に笑みを浮かべながら、俺は静かに問い掛ける。

「何て、美しいんだ。」

バキィっと更に嫌な音が聞こえた瞬間、俺は強烈な痛みと共に意識を失った。






―――――――――――




あれから数日が過ぎた。
彼女を拾ったあの日から。
彼女に出会えたあの日から。

最初の頃は警戒心が強い彼女に何度も大怪我を負わされては逃げられていたが、得意の情報を駆使してその度に彼女を探し出し連れ帰ったりしていたら、いつの間にか彼女は逃げることをやめた。
いや、諦めたといった方が正しいのかもしれない。
彼女は、何も言わずに俺の傍にいてくれるようになった。
俺はそれがとても嬉しかった。
彼女の傍にいられるのが許されている、それがとても幸せだった。

彼女は何も喋らない。
何も喋らず、何も口にしない。
彼女と出会ってから、もう5日は経っているというのに。
彼女は何も食べない。
食べ物を差し出しても彼女は何も言わずにそれを叩き落とし、俺を睨みつけるだけだ。
まるで人間の食べ物は口に合わないとでも謂うように。

今もそうだ。
せっかく朝食を作ったというのに、その朝食たちは無残にも床の上に散らばってしまっている。
それに溜め息を吐きつつ、俺は口を開く。

「いい加減何か食べてよ。
このままだと餓死しちゃうよ?」

そう優しく言っても、彼女は何も喋る気配はない。

(喋れないのだろうか。それとも人間の言葉がわからない?)

彼女のことはわからないことだらけだった。

(人間じゃないことは、確かなんだけどな…。)

(もしかしてもしかしなくとも、吸血鬼とか…?)

以前そんなような話を聞いたことがある。
吸血鬼の中には女の吸血鬼もいて、それは酷く美しく、人間を魅了してしまうのだとか。
人を虜にする美しい鬼、なのだと。

(彼女がもし、吸血鬼なのだとしたら―――)

(いや、でもそんなものがまだ現代に存在するのだろうか。
というか、吸血鬼自体存在するのか…?)

そんな疑問を俺は素直に彼女に口にしようと思った。

「君はさ、人間じゃ、ないよね。
何となく君からは人間が持つオーラや存在感を感じない。

――――まさかとは思うけど、君は吸血鬼か何かなのかな?」

「……………」

僅かながら彼女の細い肩が震えた気がした。
それを見た俺は、先程の推測が確信だったと瞬時に理解した。

「やっぱりそうなんだね?
いやぁ、まさか現代に生きる俺が吸血鬼様に出逢えるだなんて。
何たる幸福。祝福すべき非日常だ!」

感極まって叫ぶ俺に彼女は何も反応を示さず、ただ黙って俺を睨みつける。

「別にバカにしている訳じゃないよ。
俺は素直に喜んでいるだけさ。自分の幸運に。君に出逢えたことに。」

「……………」

「どうやら俺は5日前に君に出逢ってから、恋に落ちたみたいだからさ。

君のことがもっと知りたいんだ。
君のことをきちんと知った上で、君を愛したい。

だから、何か喋ってくれないかな。聞かせてくれないかな、君のこと。」

彼女に歩み寄りながら俺は優しく語りかけるように話す。
彼女は相変わらず俺を睨みつけるだけだったが。
暫くして、不意に彼女が細く息を吐いた。
初めて見せるその所作に俺の心拍数は一気に跳ね上がる。
彼女が薄い唇を開く動作がスローモーションのように感じられた。

(何か、喋ってくれる――)


「………初めてですよ、貴方みたいな人。」

美しい顔を歪めながら口を開いた彼女の声は、とてもか細く、耳に染み渡る心地の良い音程だった。










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