そして彼女に恋をする 1
吸血鬼の話を知っているだろうか。
吸血鬼とは一般的には人の生き血を啜って生命維持を行う化け物である。
大蒜(にんにく)やら十字架やら日の光が苦手で夜にしか行動出来ないという難点も持ち合わせている。
日光はともかく、大蒜や十字架は本来は吸血鬼には効かないようだが。
全ては物語や言い伝えの話なのだから真意は定かではない。
吸血鬼は実は美しい女の姿をしていて、人間を虜にしてしまうという話もある。
とにかく、その吸血鬼がまさか現代に存在していると、誰が考えつくのだろうか。
でも、あのとき確かに俺は吸血鬼と過ごしたのだ。
たったの1ヶ月間だけだったけれど。
確かに俺は、吸血鬼と生活を共にした。
あの人の生き血を啜る美しい鬼と俺は暮らしたのだ。
人間であった、俺は――――
魅了、されたのだ――――
――――――――――
1ヶ月前の話。
俺は仕事柄、相変わらず不定期な時間に活動していた。
この日も仕事が深夜に終わり、溜め息を吐きながら帰路に着く途中だった。
近道のつもりで通い慣れた池袋の街の路地裏を進んでいく。
「ったく、本当あの依頼人面倒くさいなぁ…。」
そう独りごちながら歩みを進めていると、コツっと足先に何かが当たった。
暗闇で下を全く見渡せない状況であったから、気付くことが出来なかったのだ。
何かと思ってその存在を確認しようと屈むと、それは人間のようだった。
人間に、見えた。
「何だ…?」
よく目を凝らして見ると、それは女だった。
長い黒髪を地面に撒き散らしながら、女は気を失っている。
もう秋も間近だというのに女が纏っているのは所々薄汚れた白いワンピースのみだった。
(レイプでもされたのかな。女の子は大変だねぇ…)
そんな感想を抱きつつ、女の顔を見ようと覗き込む。
「………っ、」
そして、息を飲んだ。
彼女が、とても美しかったからだ。
長い睫毛が伏せられたその表情は、少し幼くも感じる。
人の形をしているが、何だか俺は彼女が特別な何かではないかと感じてしまった。
特別な、何か。
そう、彼女は
(人間じゃ、ない……?)
人間を愛する俺が直感で人外と判断したというのに、何故だか俺は彼女から目を離せなかった。
自然と腕を伸ばして彼女を抱き上げるくらいには、彼女に興味を抱いていた。
(何を、してるんだろう。俺は)
自分でもよくわからなかった。
ただ、何となく彼女を知りたかった。
もっと彼女のことを知りたくなったのだ。
抱き上げた軽い身体を自分の着ていたコートで包んで、俺は更に帰路を急ぐ。
早く帰りたい。
早く彼女を観察したい。
(早く、目覚めて欲しい。)
そのときから既に、俺は彼女に恋をしていたのかもしれない。
“魅了、される―――”
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