響声 後編










この気持ちが彼に届くのなら

他には何もいらない

声だって言葉だって

情報だってペテンだって

何もいらないんだ

あなた以外欲しくない

あなた以外もう何もいらない






(愛してる、愛してる。)









―――――――――――






「…………。」

(そろそろ空腹も限界だな…。)

二週間近くロクな物を食べていなかったので、空腹感が半端ない。
金もコンビニも近くにあるのだが、如何せん外に出る気なんかしなくて。
出たところで、自分は喋ることはできないし。

(それに、もし誰かに会ってしまったら、それはそれで面倒臭いし…)

でもそろそろちゃんとしたものを食べないと身体的にもいろいろと支障を来しそうだった。

(どうしようかな…)

そんなことを考えていたとき、ピンポーンと玄関のインターホンが鳴った。

「!?」

唐突過ぎる出来事に僕は思わず身構える。
今まで鳴ったことなんかなかったんだから当然といえば当然。
それに、この場所は誰にも教えていないのだから。
知っているとすれば、誰かが故意に調べたということになる。
そんなこと出来る相手を、僕は一人しか知らない。

(臨也、さん……?)

まさか。
彼が何のために。
まさか、そんな、有り得ない。
大方只の暇つぶしか、正臣かセルティさんにでも頼まれたのだろう。
きっとそうだ。
いや、でも彼じゃないかもしれない。
新聞の勧誘とか。
それなら尚更出ない方がいい。
放っておこう。無視をしよう。

そうこうしている間にインターホンがもう一度鳴った。
鳴ったかと思えば、次は間隔を空けずに連打してくる。

これは間違いなく勧誘なんかじゃない。

(臨也さんだ…っ。どうしよう。)

そうこうしてる間にカチャカチャと戸口で何やら細工をする音がする。

(まさか…っ、)

ガチャンと一つ大きな音を立てると扉は開いた。
扉の向こうには二つの影。
僕は思わず身構えるようにして後退る。
完全に扉が開ききって、その先に現れたのはやっぱり臨也さんだった。セルティさんもいた。
2人は僕の姿を見た途端慌てたように駆け寄ってくる。
臨也さんには肩を掴まれて動きを封じられ、セルティさんは何やらPDAを打った後に僕に突き出してきた。

『帝人!!どうしてこんな……。心配したんだぞ!』

若干支離滅裂な表現はきっと彼女が思いの外動揺しているからなのだろう。
読み取った言葉の節々に彼女がどれだけ僕を心配していたのかが伝わった。
何か喋ろうと口を動かすも、それは決して音になることはなかった。
その様子を今まで黙って横で見ていた臨也さんが、僕の顔をジーッと凝視した後に、ゆっくりと確かめるように口を開いた。

「帝人君…、まさか、喋れないの……?」

『えっ!?』

二人の反応にどう返せばいいのかわからず狼狽えたが、意を決して僕は小さく頷いた。
すると途端に臨也さんの瞳が大きく見開かれる。

「な、んで……何があったの?」

その言葉に僕は更に困り果てたように顔を俯けると、何かを察したセルティさんが、再びPDAを僕に見せてきた。


『誰かに何かされたのか?
……とりあえず、新羅に診て貰おう。』

そう言って僕と臨也さんを連れて、セルティさんは自分のマンションまで連れて行ってくれた。
行く道中、当たり前のことだが僕とセルティさんは無言だった。
それは、臨也さんも同様で、それが何故だか僕は酷く怖かった。







――――――――――――




セルティさんに連れてこられたマンションで、新羅さんに喉を診てもらった。
口を開けて何カ所か診てもらった後で、新羅さんの顔を見ると、彼は何か考えているようだった。

「んー、声帯にはとりあえず異常はないみたいだし、喉を潰されたって訳でもないね。」

『じゃあ、どうして喋れないんだ?』

「おい、新羅。お前ちゃんと診たのかよ。治療費は俺がちゃんと出すから、もっとしっかり診ろ。そして今すぐ治せ。」

「失礼だなー。ていうか、ちゃんと最後まで私の話を聞きなよ。
身体に異常がないところを見て、帝人君のこれは多分精神的なものなんじゃないかな。
何かに思い悩んでたり、強いストレスを感じているときとかに、稀にこんな風になっちゃうこともあるからね。」

『悩み、か…。
帝人、何かに悩んでるのか?
学校とか家族とか勉強とか…。』

セルティさんのその言葉に僕は喋ることもできずに黙っていると、新羅さんが何か感づいたように僕に微笑みかけた。

「セルティそんなに聞いても、今の帝人君は喋れないんだから。」

『そ、そうだよな。ごめん、帝人。』

申し訳なさそうに頭を下げるセルティさんに僕は緩く首を横に振る。
初めから自分で原因も要因もわかっていたし、何より改めてそう告げられたことにより更に僕は臨也さんへの気持ちの大きさを自覚した。

(何て、言えばいいんだろう。)

僕が考え倦ねていると、不意に今まで黙っていた臨也さんが口を開いた。

「誰かに何かされたの?もしかしていじめとか?誰?誰にいじめられてるの?この紙に書いて。でも、どうしても書きたくなかったら、別にいいよ。俺がちゃんと調べ出して、炙り出して、すぐにそいつのこと殺してやるから。」

真剣な臨也さんの表情に益々僕は戸惑った。

(殺すって……臨也さんなんですけど、とは言えないしなぁ。)

「臨也、ちょっと落ち着きなよ。流石に殺すのはマズいって。
……うーん。僕が思うに、これはいじめとかそんなんじゃなくて、何ていうのかな。
例えば、恋の悩みとか…」

「恋…だって?」

その言葉を聞いた瞬間に臨也さんの目が鋭く見開かれる。
そして僕に振り返って、何か思案するように苛立たし気に眉を寄せて瞳を細める。

「まさか、シズちゃん?それとも紀田君?それとも、黒沼青葉?いや、六条千景かな?」

次々とあげられる名前に彼自身の名前はなかった。
それに少なからずショックを受けつつ、僕は首を横に振る。
そんな僕の行動を、言いたくないんだと勘違いしたらしい彼は更に苛立ちを覚えたらしく、つかつかと僕に近寄ると肩を強く掴んで顔を覗き込んできた。
まるで、言い逃れや誤魔化しは、決して許さないというように。

「じゃあ、誰なの?」

その言葉を聞いても、僕は彼に“臨也さんです”とはどうしても言えなかった。
何だか、言ってはいけないような気がして。
言うことによって、更に自分が傷付く気がして。

(僕は、何て身勝手なんだろう…。何て狡いんだろう。)

きっと、声がでなくなったのは誰のせいでもない。
僕自身のせい。
言うなれば自業自得、自縄自縛。
彼への気持ちが諦めきれず封じた際に、きっと声までも自分で封じてしまったんだ。
心に閉じ込めて蓋をして、二度と開けられないように、いつか忘れられるように。
柵(しがらみ)から解放を求めた。
自分から進んで、声を捨てたのだ。
でも、実際はそう上手くはいかなかった。
閉じ込めきれなかった。
忘れられなかった。
忘れるなんて、出来なかった。


初恋だったから。
彼を本気で愛していたから。

彼を瞳に映すだけで、こんなにも気持ちは溢れ出してくる。
零れて零れて、掬いきれないくらいまで、心に溜まっていく。
溢れて、しまう。
泣いてしまいそうになる。
彼の優しさに、縋ってしまいそうになる。


「帝人君…?」

不意に心配そうな声が頭上から掛かって僕はハッとして顔を上げる。
すると彼は、僕の表情を見て何故か泣きそうに顔を歪める。
それに僕は首を傾げると、突然彼に抱きしめられた。
驚くよりも、抱き締めた彼の腕が震えているのを感じて、僕は胸が苦しくなる。
彼は、何も言わずに抱き締める腕を更に強めるだけだった。
それに息苦しさを覚えかけたとき、後ろの方で黙って僕たちの様子を見ていた新羅さんと目が合う。
目が合った瞬間、新羅さんはニッコリ微笑んで口パクで“良かったね”と呟いた。
それがどんな意味かはかりかねていると、新羅さんがセルティさんのPDAを借りて、それに何やら文字を打ち込んで見せてきた。

『両想いってことだよ。』

その言葉に僕が目を見開いて驚くと、彼は更に続けて打ち込む。

『声は一週間もすれば、元に戻るよ。
臨也と幸せになってね。』

再びニッコリ微笑んだ新羅さんの顔が滲んで見えなくなったところで、僕は今まで自分が泣いていたのだということに気がつく。
そして、恐る恐る震える腕を伸ばして、臨也さんの細い背中に回した。
それを感じた臨也さんの背中が僅かにピクリと動いたが、抱き締められる力を強くされただけで、彼は何も言わなかった。














(そっか。
不器用なだけだったんだ、僕も彼も。)









その数分後に、僕は彼に人生初のプロポーズをされた。
幸せ過ぎて、臨也さんも僕もまるで子供のように大泣きして喜んだ。














end
リクエストありがとうございました!長くなった上に意味不明ですみません!

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