宿題




――ガチャガチャ…カチャン。

鍵を開け、家の中に入ると玄関に小さな靴が無造作に脱いである。

『…銀時?』

いつもなら俺が教えた通り、脱いだ後はきちんと揃えてあるはずなんだが。
おかしいな、何かあったのか…?

リビングから蛍光灯の光が漏れている。
静かにドアを開けると、テーブルに向かう銀時の背中。
頭を掻きながら鉛筆を握り締めているのが見えた。

『…ただいま』

後ろから声を掛けると、先ほどの背がびくりと動く。
そっと振り返り、おかえりと返された。

『おう、宿題してんのか。偉いな』
『…うん、でもわかんないところがごにょごにょ…』
『ちょっと待ってろ、着替えたら教えてやるから』

目を合わせないな…やっぱり何かおかしい。
とりあえず今聞くのはやめておこう。

俺はネクタイを緩めながら部屋に向かい、くたびれたスーツを着替える。
階段を降りてリビングに戻ると、鼻の下に鉛筆を挟んだ銀時が険しい顔をしていた。

『よーし、どこが分かんねェって?』

メモ用紙と赤ボールペンを取って相向かうように椅子に座る。

『こ、ここと…あとここ。あと…こっちも…』

算数の文章問題。
それから別のプリントを取り出して漢字の読み問題を指差した。

『…ほとんど出来てんじゃねェか。あとちょっとだ』
『うん』

俯いたままだが、励ましの言葉を掛けると口元が緩んだのが分かる。
問題を声に出して読ませ、数字や要点に丸をつけるよう教える。

手のひらを鉛筆の芯で真っ黒にしながら、銀時はプリントの空白を埋めていった。


『…なァ、銀時』
『なに、パパ』

懸命に文字を書いている様子を眺めながら、俺は切り出した。

『何かあったのか』
『…え?』

今になってやっと、顔を上げ真ン丸くした目で俺を見る。

『なんにも、、』
『何にも?本当に?』
『………』

深く聞けば黙ってしまうのも分かっていた。
コイツのことだ、人に迷惑を掛けるような悪いことなんかしやしねェだろうとも思ってる。
思ってるというよりなんつーかまァ、…信じてるつもりだ。

でもそれはきっと、”俺にとって”大したことではないんだろうが、
“銀時にとって”は大事かもしれない。一人で抱えて困ってるかもしれねェし、悩んでるかもしれねェ。

子育てなんて縁のねェ俺はそりゃあド素人なわけで。
子どもを面倒見るってことにおいて、これが正しいとか、そういうことは全く断言できねェけど。

もう少しデカくなれば。そうだな、中学や高校に上がるとか。
もっと自分一人でも出来ることが増えれば、少しくらい一人で抱えて困って悩むのもいいだろう。
まずは自分で考えてみようとか、とりあえずやれることはやってみようとか。
そういう考えは悪くねェと、俺は思うわけだが。

小学二年生の銀時が一人で困ったり悩むには、脳も心もまだ小さいんじゃねェかなあ…。

だから俺はどうしても。
銀時の話を聞いてやりたいんだよ。
些細なことでも、くだらないことでも。

父親の代わりに、俺がそうしてやりたいと思うのは悪いことなのか?

って誰かが教えてくれるわけじゃねェけどな…。


また俯いてしまった銀時の顔を見ながら、何か話し始めるのを待っていた。
こういうのは問い詰めると言いづらくなったりするもんだ。
あくまでもコイツのペースで。それでいいと思う。

『…ぁ』
『ん?』
『あの、し、しらないおにいさんに…こえかけられた…』
『は…?』

銀時が俺の顔色を窺っている。

『しっ、知らないお兄さん…?ど、どんな奴だった?』
『めがまんまるくて、ちゃいろいかみのけだった』
『………目が真ン丸…で茶髪…?』

思い当たる奴を頭の中に浮かべていると、俯いた銀時が更に加えた。

『…い、いちごオレあげるっていわれた』
『……貰ったのか?』

すかさず聞き返すと、顔をぶんぶん横に振った。

『そうか…良かった…ちゃんと俺が言ったこと守ったんだな?』

今度はコクリと頷いて、どうしてか ごめんなさい と言った。

『謝ることねェよ、銀時。気にすんな、いちごオレなら俺がいくらでも買ってやる』
『ほ、ほんとに?』
『あァ。宿題も頑張ったしな』

先程とは別人のような顔をして喜んでいる。
…そんなに好きなのか…あの飲み物が…。

『悪ィ、銀時。あと二問やっててくれ。終わったら見る。俺ちょっと電話してくるから』
『うん、わかった!』

俺は銀時の返事を聞くと、携帯とタバコを手に取り部屋に戻った。



ったくあの野郎、午後から全然見ねェと思ったら…!!!

。。。










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