ぱちぱちと瞬きすれば瞼で踊るのはサーモンピンクのきらきらシャドウ。茶色が多めの控えめな付け睫毛。ベビー肌に憧れて限りなく近付けたもち肌+α。唇は誘うように揺らめく艶々ピンク。オレンジ色のふわふわ花柄ワンピースに、寒いからキャメルのポンチョに真っ白マフラーも忘れないで。モスグリーンのタイツに足を通して、普段は履かないブラウンの3cmヒール。それから首元には静雄が甘い物を何回か我慢して買ってくれた(ここ重要)小さな3連星のネックレス。駅ナカのオシャレなお店であたしが一目惚れしたのをきちんと見ていたらしく、あざとい静雄はクリスマスにプレゼントして下さった。いきなりあたしの肩押さえて「動くな」なんて凄い剣幕で見つめてくるから、路チューにしては随分と勢い付いてるなぁと勘違いしてしまったのを今でも覚えてる。静雄ってば、顔真っ赤にして…ネックレス付けてくれようとしたのになかなか付けられなくて泣きそうになってた。恥ずかしがる×静雄って無限大じゃない?


と、まぁそんなこんなで…普段とはメイクの気合い入れ様も服の気合い入り様もいつもと格段に違うのは、静雄が今日はお誕生日で次いで言うとデートだから。いつも池袋をふらふらするだけだから、今日ばかりは遠出してみようかなんて考えて、るーるる?いや、とぅーるる?とか何とか言う雑誌を開いて…計画をざっくり立てた。そう、その計画からすると既に海の見えるレストランで優雅にランチだ。鮪のカルパッチョ美味しいわね、静雄―――……




「いいぃぃぃぃぃざあぁぁぁぁやぁあああああああああ!!!」


「アッハハ、シズちゃんは何歳になっても馬鹿丸出しだよねぇっ!分かってるよ、もう治せないぐらいに馬っ鹿なんだよね!!」


「うるせぇっ!もう治せないぐらいにイラつく手前をサックリ殺してやるよ。俺の成長、身体で感じろ、このクソノミ蟲がぁあああああああああ!!!」


「わー、怖い怖ーい。降さ、ぐはッ




だからね、ランチに間に合うように待ち合わせは2時間半も前なんですよ。待ち合わせはっー2時間前でーっ此処に一人ーそれが、答えじゃねぇよ。何処にこの寒空の下2時間も彼氏待つ女が居るんだよ。クソなのはお前も同じだ、平和島静雄。誕生日っていう素敵な24時間を、もう半分は終えているんですよ?分かります?あと半分しか誕生日じゃないのよ?それなのに、クソノミ蟲様をお相手になさって。本当にお優しい方なののね。それで、後にきちんと謝ってくるのでしょう?分かってる。あ、因みに謝らないなんて選択肢はありません。


つまりは、持っていた静雄への誕生日プレゼント入りの重たーいバックを、折原の顔面に打ち付けてやったって事よ。




「名無し、ナイs、ぐはっ


「2人とも正座しろ」


「「はい」」


「先ずはイラつくゴミ蟲様から弁明を聞こうか」




あたしは、視界にも入れたくないぐらい無関心の塊で置いときたい存在と愛して止まない存在を綺麗に池袋西口公園の噴水前に正座させてやった。羞恥心?そんなの静雄に恋した時からまるっと捨てたわよ。


静雄は我慢が苦手な人だから、正座させたまま待てされてる方が余程堪える。だからゴミクズ様には(あたしがとっとと帰らせたい故に)弁明を(一応)聞いてやることにした。途端にぱぁああ、みたいな顔をしてこちらを見上げてくるクズ様。いや、うざぁああって感じかな。どっちもどっちだけど。




「…今日は名無しと、ッぐは!何で?!」


「名前を気安く呼ばないでくれませんかクズ様」


「クズ様っ?全く…2人して俺を―…


「話、無いなら帰る?」


「あるよ!ありまくりさっ!…いやぁ、今日はシズちゃんの誕生日だからモーニングハッピーバースデーしてあげようと思ったんだ。だけど調べたら愛しい彼女とラブラブデートって言うじゃない。その時思ったんだ、俺に邪魔してあわよくばボクを殺してよ!ってシズちゃんからのメッセージじゃないかなって」


「…〜ッ!」


「静雄、待て、お座り、土下座」


「?!」


「相変わらず優しいんだね、折原さんは。尊敬しちゃうなぁ、と…おりゃっ!」


「イタタタタタタッ!言葉と裏腹だから!前髪無くなっちゃうから!」


「名無し、ナイス」


「うるせぇよ、丸出しにされてぇのか」


「いや、ごめんなさい」




しばらく、それでも3分くらい折原の前髪を掴んだまま静雄を睨み付けて、交番の人達が気付かないうちに説教タイムは終了した。


静雄は長い脚をぴこぴこさせながらお詫びに温かいモノを買いに行くと言って自販機の方へ走って行った。あたしは左手に残っている折原の2、3本の毛を地面へ落とし、仕方ないからメイク落しで手の平をゴシゴシと擦る。静雄が居ないから丁度良いと、そのままクソ様に視線を移した。何となく少ない残念な前髪を自分の美学に沿って整えるクソ様。彼が先程、何か別のことを言いたかったんじゃないか…そう、嫌な勘が働いてしまったのだ。




「…で、何を言いたかったの」


「何が?あぁ、前髪返してとか?」


「違うってば。本当に静雄を殺したくて来たなら、もっと計画的に動くでしょ。場所も日時も分かってるんだから。それなのにわざわざ時間を取ろうとばかりにこんな事までして」


「……頭、良かったんだね」


「また殴るよ」


「怖いなぁ。まぁ…実際そうなんだけど。言いたいことって言うよりは…そうだな、守りたくてアドバイスしに来たって感じかな」


「守りたくて…?」


「俺も首無しを知ってから、つまり中学ぐらいで気が付いたんだけどね。俺達は、何回目かのループの中に在る。しかも今回、初めての天使の参戦だ」


「全然話が読めない」


「つまり安易な言葉で表現するならば、輪廻転生。それも今回は君達がキーポイントさ。ずっと繰り返し死んで来た君達が、舞台上に天使を引き摺り堕として始まったのがこの生だ。だから、確率が最も高い、いや…確実に運命を辿る今日、死んでもらっちゃ困るのさ。2人揃って仲良く死亡…そんなの流行らないしね」




折原の口から溢れ出る言葉はとんでもなく嘘っぽくて、それでいて何だか冷たいモノに抱かれる様なそんな嫌な感覚が身体に走った。嘘を言う為にここまで手の込んだことを折原はしない。つまりは、その輪廻とやらが本当の話で、あたしと静雄は今日が最高の死亡フラグ日という事で。




「大丈夫か、名無し?…顔色悪いぞ。やっぱりノミ蟲に何かされたのか?」


「ううん、全然平気。それより見て…海、やっぱり良いねー」




あたしはずっと、知らないフリをしていたんだと初めて知った。蓋を閉めて、ガチガチに固めて、もう何も見ないようにしていたんだって。




“お前…毎日、見に来てるよな。海が好きなのか?”


“え?!…あ、えっと、うん。朝陽、綺麗だから、”




“!…だな。じゃあ行って来る。名無し、愛してるぜ”


“あたしも愛してます。シズオさん、気をつけて”




こんなにも、沢山思い出があるのに。




“私、静雄様が許婚で良かったぁ。世継ぎがどうとか、東西軍勢がどうとか、キリキリ目くじら立ててる人だったらどうしようかと思った”


“…俺も、名無しで良かった”




“!…絶対負けねー。名無しとの婚姻が待ってんだ、負けるわけがねぇ。良いか、この平和島静雄は麗しの姫君…名無しを愛してる。だから、”


“私も、…愛してるわ。早く帰って来てね”




いつの時も、ずっと、静雄は愛してくれていたのに。




“……しず君、ありがとう”


“名無しは、大きくなったら俺と結婚すんだから…強い女にならないとな!強い俺と強い名無し!”




“しず君、っ”


“名無しっ!逢いに行く!!強くなって、アメ公から守ってやるからなっ!!”




隣で不思議そうにあたしを見つめる静雄を、見上げる眼に愛情が滲んだ。慌てふためいている静雄に、大丈夫って伝えたいのに上手く言葉に出来なくて悔しくて。目の前にある静雄の身体に抱き着けばしっかりと温もりは伝わってきて。折角の誕生日なんだから、おめでとうって言わなきゃいけないのに。とびきり優しくしてあげないといけないのに。ちょっと高いベルト、誕生日プレゼントで買ったから渡したいのに。




「名無し……、もしかして、思い出したのか?」


「え?」


「今までのこと。ごめんな、俺が弱かったから沢山辛い思いさせたんだよな」


「ちょっ……待って、思い出したって、」


「俺、セルティに初めて会った時に思い出したんだよ。今までの事、全部。だから、必死になって名無しを探した。まさかサイモンとこで絡んできた泥酔女が名無しだとは思わなかったけどよ。でも本当に、俺がこんな力持って産まれてきた理由がちゃんと分かった。守るって、強くなって逢いに来るって約束してたんだもんな」


「…そんなこと、一言も、っ」


「誕生日が原因なのは分かってた。だから言いたくなかったんだよ。名無しを、訳分かんねぇモノからきっちり守れる自信が今の俺にはあるから。すげー良い誕生日送って、名無しを幸せにしてやろうって、な」


「ばか、あほ、くそ雄、っ、……」


「どの名無しも、ホントに泣き虫だよなぁ」


「好きだ、ばか」


「俺は、愛してる」




それから、あたし達は海を愛した昔のあたし達にお別れをした。静雄の家に帰ってから、偶然に降って来た粉雪をベランダで眺めつつ大家さん家から頂戴してきた椿の花を小さく積もった雪の上に手向けて、花を愛した昔のあたし達にお別れをした。可愛らしい誕生日ケーキの横には、お土産屋で買ってきた二つの子供用のお茶碗にほかほかの白いご飯を盛りつけて、強きを望んだ昔のあたし達にお別れをした。沢山お別れをしたから、胸がいっぱいになって苦しくて、静雄の腕の中でまたしくしくと泣いてしまった。




「静雄、お誕生日おめでとう」


「…名無しも、そうだな、新しい俺たちの誕生日だな。おめでとう。また愛してくれて、ありがとな」


「こちらこそ」




カチリ、と日付が1月29日に変わって。













(最初のキスをした)



1月28日


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