「本当に、名無しはどんくせぇなっ!そんなんじゃ、アメ公の捕虜になっちまうぞ」

「なっ、ならないもん!しず君こそ、意地悪さんだから立派な軍人さんになれないよ」



2人はいつまでも焦げ臭く、誰のものとも分からない物が散乱する野原を歩いて…秘密の場所へ向かっていた。小さな手はお互いをしっかりと握り、足取りは軽く、その顔には子供らしい花が咲いていた。暗い大地に反して、空もまた子供達を見守るように美しく広がっていた。

まだまだこの国は慢り続ける。大人達は、目の前が見えていないも同然であった。犠牲ばかりが増えていく無限の連鎖に気が付けない彼らは盲目なんて格好良い訳では無く、失明を怖れて覆い隠しているに過ぎないのだ。翼のどちらが欠ければ飛び立つことが出来ないことを分かってるのに、コミュニティを形成する本能しか持ち合わせていない人間はどちらかという選択しか出来ない。平等、そんなものは単なる綺麗事でしかない。

小さな名無しと、小さな静雄。私とて2人を幸せにしてやりたい。されど運命を曲げては支障が生まれる。死傷が生まれる。仕事といえど、私傷。盤の上に広がる世界を見つめて、やいやい言われたことを聞いてやりつつ、観察するだけ。指先1つで変えられる…と今この国が望みそうなことだが、私はこんな力要らない。時々、人間がとてつもなく羨ましく感じる。全能なる父が、人間を愛した理由が私にも分かる気がした。



「明日は俺の誕生日だろ?かぁちゃんが、白い飯食わせてくれんだ。もっともっと強くなって欲しいからってさ」

「良いなぁ、あたしもお芋ばかりじゃなくて美味しいご飯が食べたいな」

「…じゃあさ、名無しに明日おにぎり持って来てやるよ」

「え、…しず君のお誕生日なんだから悪いよ!」

「んなこと、関係ねーって。名無しに俺が食わせてやりてぇんだ」

「……しず君、ありがとう」

「名無しは、大きくなったら俺と結婚すんだから…強い女にならないとな!強い俺と強い名無し!」



つい半年前までは、同じように無邪気が寄席集まって一人前になるために切磋琢磨していたこの場所も、今では灰色、そう…廃色の塊に成り果てていた。しかし2人はこの塊が自分達の城だと喜びを溢れさせて、柔らかい木漏れ日の下でいつまでも遊んだ。笑いあった。何も分からないとはこんなに残酷なモノだとは。

ゆっくりと指先を水面に滑らせた。



“名無し、静雄君!こんなところにいたのね!!”



分かっている、私は時として残酷や愛や無常の対象とされる。私が人間だったら、こうも言うだろう。…卑劣。



“やだ、っ…お母さん、”

“名無しと離れるのか、なぁっ!?”

“また今度遊びなさい、今は言うことを聞いて!”

“しず君、っ”

“名無しっ!逢いに行く!!強くなって、アメ公から守ってやるからなっ!!”



幼いことも、また罪であるのかも知れない。全てが青い空も、ゆっくりと黒き雲に覆われていく。詩を詠んでいる風に聞こえるか?仕方ない、じゃあ現実を見せてあげようじゃないか。



“お母さん。…しず君、…強くなれる?”

“…大丈夫。絶対強くなって来るって言ってたでしょう?”

“名無しも頑張ろう”

“そうね。だから、早く治そうね。さ、もうちょっと頑張って走って、”



返事をしようと噎込んだ彼女の唇は真っ赤に染まって。何かの足音が聞こえて来る気がした。大きな音と凄まじい熱風。そう、彼女を掴んで離さない。暗い、永遠の、罪。抗うことの出来ない結末。母親が流した涙が落ちていく。可哀想だと、貴方も涙を流してくれるかもしれないな。分かっている。痛いんだろう?

同じ頃、また彼も瀬戸際から堕ちていった。彼は最後まで願っていた。強くなりたい。あぁ、愛しいあの子に逢いたい。おにぎりを持って行く約束をしたというのに。そんな思いは無惨にも吹き飛ばされて。明日になれば、生まれたことを喜べるというのに。あぁ、無常。






沢山の駒を引き上げて、そっと真っ白な盤の上へ堕とす。これで全ては精算される。

こんな仕事は、もう辞めにしよう。私がやらなくとも良いじゃないか。人間を愛し過ぎた、と誰かが私を責める。そんなことはもうどうでも良いんだ。私は人間を愛したい。人間になりたい。

歪な黒い駒を左手に、小さな2つの赤い駒は右手に握り締めて。堕ちる感覚はどんなだろうか。呑気にそんな事を考えながら、新しい生を待ち侘びた。












(さて、次の回は面白い事に)
(なりそうだよねぇ)



1月27日


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