華奢な身体に重たくのしかかるは艶やかな牡丹が散る濃紺の単衣、満月の夜の如く不安げに揺れる黒き眼、さらさらと流れる御髪…。

今まで戦しか知らなかった俺は許婚を初めて紹介された時、どうして上手い謳を詠む事を出来ず…ちょっとした褒め言葉さえも学んで来なかったのかと後悔で溢れた。勉学に長けている弟に習って、せめて気持ちが上手く伝えられるように洒落た言葉の1つ2つでも教わろう、そんな事も決意して。目の前で恥ずかしそうに顔を俯かせる彼女を、花を愛でる気持ちと変わらずに愛らしいと素直に感じていた。こんなふわふわとした気持ちは初めてで、何だかむず痒く感じる。

雪の被る庭園は至極幻想的だった。しかし刺すような冷たい風がやんわりと吹く。俺は繋いでいた名無しの手が霜焼けにならない様にと、しっかり握った。2人きりで話して来いと親達にけしかけられたのだが、どうしても会話となると緊張してしまう。低い声でボソボソ喋ったら、名無しは嫌な気持ちになるんじゃねぇか…そんなことを心配して。次いでやっと吐き出した言葉は、あまりにも陳腐であった。



「…花、はッ、何が好きだ?」

「………ふふっ」

「!…何笑ってんだよ」

「あっ。ごめんなさい、静雄様があまりにも緊張なさってるから。私達、許婚かもしれない。けれどまだまだ子供よ、子供らしく楽しみましょう?」

「…名無し、」



驚いた。

名無しは今までの緊張していた様子が嘘のように年相応な笑みを見せて、俺を見上げてきた。きゅんとか、つんっとか、そんな様な感覚が胸の辺りで起きる。変に飾らなくても、名無しは俺を受け止めてくれる。そう分かったら嬉しくて、あれ程気にしてやっていた手を離して名無しがはしたなくも地面にしゃがみ込み、雪を掻き集め始めた時にはもう…自然と笑顔が俺にも零れていた。



「私、静雄様が許婚で良かったぁ。世継ぎがどうとか、東西軍勢がどうとか、キリキリ目くじら立ててる人だったらどうしようかと思った」

「…俺も、名無しで良かった」

「ありが…えっ、ぁ、うん、ありがとうございます」

「何を今更照れてんだよ、っ」

「だってっ!いきなり静雄様が…もう、阿呆ッ!!」

「………ックク」

「!」



名無しなら、名無しとなら、幸せな家庭が築ける気がした。餓鬼は餓鬼なりに、色々と考えられるもんだな。

婚姻なんて、戦事ばかりに頭が造られた俺にとって漠然としたことでしかなくて、大人とも言い難い俺と幼い娘一人を付き合わせて何が良いんだ…所詮家柄の為じゃねえか、そんな風に嫌悪感をも抱いていた。だけど今は、家柄万歳。大きな声で高らかに言い放てる。俺は―――……



「名無し、ムカつくあの野郎をぶっ倒して…そしたら俺と結婚しよう。今日向かって、今日中に倒せば、次の日帰って来て準備して…そうだな、二日もあれば俺の生誕会に合わせて婚約出来るぜ!」

「そんな急いだら、折原氏に負けてしまうわ。折原氏は、策士であり…容姿端麗故かあらゆる人間を小間使いする極悪非道のお方なんでしょ?静雄様は、ちょっと抜けてるところがあるから心配だなぁ」

「!…絶対負けねー。名無しとの婚姻が待ってんだ、負けるわけがねぇ。良いか、この平和島静雄は麗しの姫君…名無しを愛してる。だから、」

「私も、…愛してるわ。早く帰って来てね」



出逢って1年という歳月を越え、俺は親にけしかけられる訳で無く…自ら名無しにはっきりと求婚した。愛してるとか、麗しのとか幽から習った言葉をふんだんに使って求婚した。名無しはきっと、俺が幽から言葉を習ったことも全てお見通しなのだろう。袖を口元に宛ててクスクスと笑われてしまえば、こちらも恥ずかしさからかクスクスと笑いが溢れた。

愛らしく悪戯っ子の様だった、お転婆な第一印象から成長とは早いもので、僅かながらに仕草の傍らには艶やかさが兼ね備わり始めた…名無し。でも、可憐に笑みを浮かべる姿は昔と変わらない。雪に埋もれても尚、美しく咲き誇る椿の花の様…どうだ、上手く褒められてるだろ?

出逢ったあの日の気持ちはどんどん膨らんで、確固たる愛に変わった。名無しを守りたい。名無しに頼られたい。名無しと幸せに暮らしたい。だから、ケジメなんだ。臨也の野郎を潰して…大方平和になった世界で、そこそこの平和で暮らす。なぁ…完璧じゃねぇか?







何夜と言えば良いのか、私は馬に跨り…ひたすらに駆け抜けていた。自分で行った方が、早い。急がなければ。急いで、もっと急いで。お願い、間に合って。

私が、静雄様が言う通り…お転婆な女で良かったと思った。馬をこうして走らせることが出来たから、長い髪をばっさりと切り落とすことも厭わなかったから、お気に入りの椿の単衣を脱ぎ…狩衣に袖を通すことも躊躇わなかったから。静雄様はこれを見たら笑うだろうなぁ。

手綱と一緒にぎりっと、握り込む文。早く、彼に逢わなければ。



「…姫は城で大人しくするのが定番なんだけどなぁ、まっ…静坊の嫁なんだから?愚かなのは当たり前かぁ」

「静雄様を返して」

「良いよ、返しても」



スッ―…と奴に従えていた奴等が襖を一気に開けていく。そこに広がる光景は思わず目を背けたくなる凄惨な光景。柔らかい朝日にゆらりと、忘れる筈の無い金色の装飾がされた甲冑が光った。慌てて近寄り見れば雪に染みても尚、真っ赤に染まる辺り一面。

静雄様は…その中心で、まるで雪に埋もれる椿の花のように横たわっていた。一糸の希望も、掴み取れなかったのか。静雄様の姿は…あまりにも綺麗だった。



「お、のれ、っ…薄汚い猿め、が!!」



小脇に差していた刀を抜いて振り返り、ニヤニヤと半月に歪む口元目がけて突き立てる。されど所詮、私はお転婆止まり。痛みを感じなかったから暫くは分からなくて、でもきちんと奴の刀身は私の心臓を貫いていた。嗚呼、何て間抜けなんだろう。こんなんじゃ静雄様に笑われちゃうじゃない。結婚してやらないなんて言われたらどうしよう。もう少し可愛らしい女の子を目指せば良かった。そうしたら…もっと、そうね、明日になれば何か、変わるかしら。ううん、明日なんてそういえば無かったわ。

ゆっくりと這って、雪になってしまったかの様に冷たい静雄様に寄り添う。固くなってしまった大きな手の平に、私の手を重ね合わせた。生温い私の血と、かさついた彼の血が合わさる。静雄様、見て。私達、やっぱり赤い糸で結ばれてたのね―――……












(落ちた椿を踏みつけて)
(止めてやろうとも、思わなくて)



1月26日


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