「また灯りが作れないの?」

「うるせぇよ…。そもそも俺は漁師なんだ、こんな事出来るわけ…」

「あたしに始めて逢った時は、一発で出来たじゃありませんか。あの時は素敵だったわぁ。この人の子供を産みたいって考えたもの」



あたし達が初めて出逢ったのは、この土地に初めての女王が現れたとされる頃。

その頃はムラとかクニというコミュニティの中であたし達は過ごしていて、あたしの家は女王に供物を運ぶばかりの日々を送るしがない農民一家だった。ある日、あたしはその日の朝飯になる物を探しに、まだ太陽が昇らない時間から近くの海岸まで来ていた。朝飯を調達したいなんてのは本当は嘘で、最近漁のグループに入ったらしい隣ムラのある若者を眺めに来ていたの。内と外と、どちらとも言い難い凛々しい容姿。短気な性格なのか漁の網を直ぐに引き揚げてしまうから先輩に何度も叱られていて。毎日、ちょっとづつ気持ちは膨らんでいった。暖かくて、小さく内側を引っ掻かれる様な…こんな気持ちは産まれて初めてだった。

だから、その日に漁が行われないと知った時は凄くがっかりして、しばらく海で波が押し寄せては消えるのをジッと眺めた。朝陽はまだまだ昇らない。冷たい潮風がスッ…と頬を撫でる。



“お前…毎日、見に来てるよな。海が好きなのか?”

“え?!…あ、えっと、うん。朝陽、綺麗だから、”

“でも寒いだろ。火起こしてやるよ。つか……その、何だ、名前は?”

“あっ、ありがとう!あたしは名無し、です”

“名無しか、俺はシズオ。隣ムラだから…あんま逢わねぇけど、宜しくな”



突然声を掛けられてびっくりしたのも束の間で、キュルキュルと木を擦り合わせて素早く作られた小さな灯りを見つめながら、シズオさんにあたしのきっと赤くなってるであろう顔を見られないようにと隠すように俯いた。まさか彼が逢いに来てくれるなんて、思ってもみなかったから…本当にどうしたら良いのか分からなくて、恥ずかしくて、でもちょっとでも長くシズオさんと話していたくて、けれど言葉はつっかえてしまうし。シズオさんは嫌な女と思わないかしら。

でも、そんな不安を余所にシズオさんは毎日あたしに逢いに来てくれた。他愛ない話を、あたし達は沢山して。漁は覚えることが山程あるけれどやっぱり楽しいだとか、最近はイナゴが多いから食卓が質素でも豪華に見えるとか、今度のマツリでやる踊り子に選ばれたとか。シズオさんがナイショで持って来てくれる魚介類を、二人でこっそり焼いて食べたりもした。それから、あたしが編んだ首飾りを照れ臭そうに笑いながらシズオさんが貰ってくれたり。この秘密の逢瀬は、あたし達の仲を着実に引き合わせていった。ゆるゆるとした不確かな気持ちが、お互いに固まっていくのが手に取るように分かって。太陽が昇り沈むのは何度目だったかしら。首飾りの代わりに、って小さな白い花をくれた時にプロポーズされたの。その時のシズオさんってば、びっくりするくらい息を切らして走ってきて…いきなり握りしめた花を目の前に突き出してくるから笑っちゃったのよね。

それから…周りの反対を押し切って、あたし達は結婚をした。少し離れた所にあるムラが快く受け入れてくれたから、そこ移り住んで。子供も3人授かって、無事にあたし達の元を旅立っていった。沢山の幸せな時を過ごした。全部、シズオさんのおかげ。



「今日で引退か…。まだまだやれる気がするんだけどよ」

「あと3日もしたらシズオさん、立派にお爺さんの仲間入りなんだから。盛大なお祝いをする前に腰を痛めたら嫌ですよ、情けない」

「!…だな。じゃあ行って来る。名無し、愛してるぜ」

「あたしも愛してます。シズオさん、気をつけて」



初めて逢った時より、少しだけくたびれた様子の顔をゆっくり手の平を使って撫でれば、シズオさんは昔とちっとも変わらない素敵な笑顔を向けて、あたしの名前を小さく呼んでからキスをくれた。柔らかい唇も、ちっとも変わらない。嗚呼、愛してるわ。シズオさん。













「だからね、…彼と一緒に、シズオさんと一緒にあたしを埋めて欲しいの……っ」



シズオさんの誕生日は何を作ってあげようかしら、なんて考えながら仲間と編み物をしていると…シズオさんがいつもよりずっと遅くなって帰って来た。漁をしていた仲間達に連れられて来たシズオさんは、水を含んでパンパンに膨らんでいた。あたしは何が起きているか分からずに唯…立ち尽くしたままで。シズオさんとも分からないその身体に、しばらく近寄ることも出来なかった。

仲間の漁師に聞けば、“久しぶりに嫁さんに美味い魚を食わせてやりてぇ”と言って、小舟で少しばかり遠くへと独りで向かったらしい。あまりにも遅い帰りに仲間が心配して見に行くと、シズオさんは抜けられない潮に填まって小舟から投げ出され、そのまま溺れて……見るも無惨な姿に一同は躊躇ったが、家族であるあたしの所へ身体を持って来てくれたのだった。

あたしは止められない吐き気の中で必死にシズオさんに縋り付いて、泣き喚いて。シズオさんの手元にある大きな魚を見て、また涙を流して。もう優しい眼差しも向けられることは無く、名前すらも呼ばれることは無いのだ。余りにも酷過ぎる運命を、受け入れるなんて…あたしには出来なくて。

お願い、とムラの長老や祈祷師、家族皆に最後の力を振り絞って懇願したのは…シズオさんと一緒に土へ還ること。八百万の神々がきっと巡り合わせてくれる、そう…また彼に逢わせてくれる。あたし達を逢わせてくれる。信じて、信じて、強く信じて、土の中で彼を抱き締めながら…苦しみを堪え忍んだ。

シズオさん、一度でいいから、名前を呼んで欲しいだけなの。それも我が儘なのかしら―――……













(お母さんとお父さんが)
(もう一度出会えますように)



1月25日


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