――助…けてっ!

――シング、助け、…て…



「っ!」



嘲笑う老婆、俺を取り囲む民衆、そして火にかけられ藻掻き苦しむ若い女。俺はひたすらに腕を振り回して民衆を退かして進む、けれど女には届かず。女は焼け爛れて、灰とも分からぬモノに成り果てる。俺は狭い視界の中いっぱいに女を映して、潰れて声の出せない喉を震わせて音の無い叫びをあげた。涙が爛れた肌に、血濡れたエプロンに染みて。俺は、守れなかった苦しみに押し潰された。

俺が丁度、二十歳を迎えた夜から頻繁に見る悪夢がこれだった。俺はホラー映画好きやホラーゲーム好きっつー訳じゃねぇし、オカルトはまず信じない。俺は目に見えて触れるモノしか信じない主義だ。

だから、毎晩のように見るこの悪夢が不快で堪らない。俺は毎晩誰かを助けられないと苦しくなって、毎晩守れなかったと苦しくなって、どうしたら良いか分からずにただ吠えて。夢の中の俺が必死になって助けたかったあの若い女の顔がどうしても思い出せない。嘲笑う老婆も腕を抑える民衆も、顔ははっきりと覚えているのに。あの女は何なんだ?この悪夢は何なんだ?



「また、夢か?」

「…ッス。でも、気にしない様になりましたけど」

「よしっ。じゃあ気晴らしに社員旅行参加してみるべ」

「は?」

「日帰りで富士山の五合目行って温泉入って帰って来る。いつも不参加は俺達だけだから、今回は気晴らしに行くぞー」



トムさんの気遣いが、ちょっと心に染みた。俺が悪夢にうなされていることを知っている唯一の存在で、それを笑わないでいてくれる。だから俺はトムさんの誘いを断るなんて出来なくて、「はい」と首を縦に振った。一週間後…俺は会社の同僚と社長、トムさんとワンボックスに揺られて富士山への道のりを進んでいることになる。

富士までの道のりは本当に長閑かで、青々とした緑がサングラス越しに見る美しい池袋のネオンとまた違って、俺はすっかり癒されていた。窓を開けると入ってくる空気はちょっとだけ冷たくて、澄んだ空気だった。鼻をひくつかせて思い切り吸い込めば、隣で寝ていた筈のトムさんがいつの間にか起きていたらしく、犬みたいだと俺を小さく笑ったから少しだけ恥ずかしくなった。

並んで買った甲斐のある富士山めろんぱんを齧りながら霧で包まれる五合目を歩く。外サクサク、中ふわふわ、このチョコレートパウダーが堪らない。土産にと買っためろんぱんに手を伸ばしそうになって、我慢した。

土産屋の横の道を入ると、神社があった。トムさんと社長の参拝している姿が遠くに見えて、俺は平和祈願でもして帰ろうと足を進めた。



――ずっと一緒にいたい。だから、

――ノロマなシングの為に、あたしがちゃんと呼んであげる。



ドクッ ドクッ ドクッ



「静雄、どうしたっ!?」



今まで感じたことの無い痛みが身体を貫いて、夢で逢ったあの若い女の声が頭の中に響く。同時に周りの心配する声がどんどん遠ざかっていき、思わず膝を地面に着くと俺はそのまま意識を手放した。最後に見たのは、真っ赤に塗られた鳥居――………









「こ、こは、……?」



どのくらい意識を失っていたのか、気付くと俺は冷たいアスファルトの上に仰向けになって倒れていた。ゴツゴツとした感触とズキンズキンと痛む頭に眉間の皺を強くしながらゆっくり起き上がると、どうも五合目に行くまでに走っていた道路だと分かった。断崖絶壁と道路と霧。どちらが上なのか下なのかも分からない。第一にトムさん達は何処なんだ?俺が暴れてばかりで社長への借金も返せていない状態だから置き去りにされたのだろうか。だとしたら自業自得だけどよ。ちょっと、いや、かなりショックだった。

確かこの霧は雲みたいなモノだって(俺を置き去りにしたかも知れない)トムさんが言っていた。だからとりあえず下山すればする程霧は無くなっていくだろう。途中で車が来たら事情を説明して乗せてもらえば……何だよ、ご丁寧に携帯も財布も土産のめろんぱんも置き去りかよ。財布の中にはめろんぱんを買ってそのままいつもよりちょっとゆとりのある程度の金。まぁ、これだけあれば電車とか或いは徒歩とか駆使して家には帰れる。盛大なため息を吐きながら俺はとりあえず霧が薄らぐ方へと歩きだした。














完全なる自己満足事故開始





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