嫌い嫌いも好きのうち

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「おら、そこだっ!……あー馬鹿だろ。そこは踏み潰す勢いで、」



久しぶりに静雄が早く帰って来たと思ったら(いつもは夜9時過ぎるのに今日はなんと7時に帰って来たの!)、それからずっとテレビにはK−1の試合が流れ続けている。ビスコとかプリッツが生産されるところが見れる面白い番組が見たいあたしは、静雄がトイレに行った時にすかさずチャンネルを変えたのに、静雄は普段の甘党が嘘みたいに興味を微塵も持たず汗だく喧嘩のチャンネルに変えた。K−1を馬鹿にしてるんじゃないの、あたしが言いたいのは久しぶりにゆっくり出来るなら二人でまったりしたいってこと。頑張って作った晩ご飯(ビーフストロガノフよ!ガノンドロフ?ノン、ノン。ビーフストロガノフ!)をちょっとくらいは味わって食べて欲しいってこと。ただそれだけなのに。



「…汗だくで喧嘩して、何が見てて面白いのか分かんない」

「お前だって、芝生の上で球蹴り遊び見て喜んでただろ」

「サッカーは神聖なの!」

「格闘技は魂と魂のぶつかり合いだから、…おっ、だあ゙ぁ!…つか名無しちょっと黙ってろ」



黙 っ て ろ !

毎日毎日静雄のきったないパンツとか血塗れバーテン服洗ってアイロン掛けて、実はサングラスだってメガネクリーナーで拭いといてあげてて、毎日毎日あれこれ悩みながらご飯作って、気持ち良く寝れるように布団はふかふかにして、最近は苦手なお菓子作りも必死になって勉強して、加えて迷惑掛けないように時給870円でケーキ屋のパートもしてるのに!

黙 っ て ろ ?

よくそんなことが言えるな平和島静雄、アッパー食らわしたろか。



「と、まぁ出来る訳は無いので黙ろうと思います」

「そーかよ」



あたしはもう絶対口利かないと決めました。静雄なんて知らん。出ていってやる。ゆっくり立ち上がって、揺れている広い背中に向かって心の中で悪態をいやという程吐いてやった。それからキッチンに行って、大きいタッパーにビーフストロガノフを詰める。タッパーを静雄のお弁当に使ってるカエル柄のナプキンで包む。財布はズボンのポケットに、携帯は持たず、よし、準備万端。

あたしは、部屋を出た。

もちろんリビングですよ。当たり前じゃないですか、あたしが静雄と別れる訳が無いじゃないですか。おい、チキンだから家出も出来ねぇって思った奴出てこい。その通りだから褒めてやるよ。



「よし名無し、終わったし風呂でも一緒に入る…………か?あれ、何処行ったあいつ」



生憎、リビングを出ても2DKだから(しかもリビングと呼んでる8畳間の仕切り無しで隣の6.5畳が寝室とか)、つまりあたしが居るのは短い廊下の途中のトイレの中です。トイレと言っても花柄カーテンの向こうは浴室のトイレです。

取り立て屋とパートさんのお財布からしたら、十分に良い家だから。池袋駅まで徒歩7分だし!それに隣にファミマあるからちょい買い楽だし!クーラー備え付けだったし!ちょっとボロいけどこれで月、9万5千円はお買い得だろ。因みに5千円が駐車場代だけど、車無いから払わなくて良いの。

いずれ家族が増えたら、……ううん、静雄の職が不安定なうちは結婚だってダメ。結婚資金を雀の涙くらいだけどあたしの給料からコツコツ貯めてるような状態だもん(静雄は知らないけどさ)。でも、もしかしたら静雄は結婚とか考えて無いのかも。同棲して半年とちょっと、早くも結婚生活だったら暗雲どころか離婚の危機がなうだし。蓋を閉めた便器の上で切なくなった、なう。

ガチャッ



「んだよ、また便秘で凹んでんのかよ。なぁ風呂沸かして一緒に入ろうぜ、毛穴がびっくりして閉じなくなるくらい隅々まで洗ってやるよ」



嗚呼、馬鹿野郎が入ってきやがった。何が毛穴びっくりだよ、お前の言葉にびっくりだよ。



「……そんな出ねぇの?俺が出してやろっか?」



浣腸プレイしたいだけだろ、キラキラした目で見るな。くそ雄。



「おい、何か言えよ」



お前が 黙 っ て ろ って言ったんだろ。もう口利かないから。名無しはもう静雄と喋りませんから。



「やべ、怒ってんのかよ。相変わらず名無しって怒ってる時可愛いよな、」



あぐっ あぐあぐっ



「イ、イタタタタタタタッ!何すんだよ糞雄ッ!」

「指噛んでみた。つか糞雄って何だよ、糞してぇのは名無しだろ。俺は便秘症じゃねぇぞ」

「指噛んでみた。じゃねぇよッ!」

「汚い言葉はダメだって言ってんだろ名無し」



あぐあぐっ あぐっ あぐっ



「イ゙、ッダダダダ!だからその噛むのやめてよ!太もも歯形だらけじゃん!あーあ、明日は紫色に痣と化しているだろうよ、平和島静雄くん!」

「何か、噛んでたらムラムラしてきた。名無しって本当に俺を新世界に導いてくれるよな。俺…、名無しを噛むと興奮する性癖あったみてぇ」

「これ以上やめてっ!この前シてる時に“あたしの首締めると興奮する性癖”見つけちゃったじゃん!それに兼ね備えて“最中にあたしの髪の毛掴んで振り回すと興奮する性癖”あるんだから、これ以上目覚めないで、本当にマジで1000%お願いします」

「あ、それYouTubeで人気らしいから気になって見たぜ。ってことはあれだな、ドキドキで壊れそうなんだろ?」

「スペシャル☆心不全だよ」

「名無しスゲー可愛い。あれだ、1000%以上だ」

「……………ねぇ、」

「ん?」

「聞いていい?」

「何だよ」

「静雄、お前暴力嫌いって嘘だろおおおおおおおおおおおお!!!」






















格闘技観戦好きな時点で、静雄は暴力とか好きだろ。つか実は自分の怪力好きだろ。

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