自動幻想論

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あたしは、スケジュール帳を持つのが好きでは無い。

例えば8月31日に静雄と麦茶セックスをしたいと書き込んだとする。だけどそれが叶う保証は無いわけだし、セックスに実際持ち込めたとしても麦茶セックスじゃなくて在り来たりな作業セックスかもしれない。将又、セックスしかしないで1日が終わってしまうかもしれない。考えただけでも恐ろしい。

そんな事を考えながら、あたしは静雄の斜め後ろの席に座っているOLを眺めて溜め息を漏らした。

静雄が不安そうな顔をしながらあたしを見つめて来たので、やってしまったと反省し、柔らかく笑いかけた。2人で居る時はなるべく考え込まないようにしようと決めているのに、どうしても静雄と居る時は子宮の活動が盛んになる。あたしと言う女は、とことん子宮で物事を考える女だ。静雄が足りないお頭でうんうんとあたしを理解しようとしている数歩先の高台で、月1の激痛と出血に耐えながら愛してると叫ぶ。

今日のデートは、前々から行きたがっていたケーキバイキングです。



「お飲み物はオーダー制となっております。何になされますか?」

「あたしはメロンソーダ。静雄は?」

「俺は…アイスティー」

「畏まりました。アイスティーのお客様は、レモンとミルクはどちらになさいますか?」

「…ミルクで、ガムシロップを3つ」

「はい、只今お持ち致します」



3つもアイスティーにガムシロップを入れた上でケーキを底無しに食べるのだから、静雄の身体が心配になる。運動を人並み以上にしているとは言えども、偏った食事は良くない。あたしがきちんと管理してやらなければ。



「静雄、甘い物好きは分かるけど…程々にしないと糖尿病になるよ」

「…大丈夫だろ、バランス取ってポテトとかも食ってるし」

「フライドポテトじゃバランス取れません」

「そういう名無しこそ、夜中にチョコレート食ってたじゃねぇかよ」



嫌な男。人が生理前の異常に腹が減る現象に耐えかねて、チョコレートを口にした一瞬をほじくり返すなんて。静雄のバーテン服に毎日毎日アイロン掛けてあげてるのはあたしだって分かってるの?パリッとしてるシャツが着たいって我が儘に付き合ってあげてるのに。

え?

やだ、静雄ってばさっきのウェイトレスの事見てる。

あたしが口煩いから飽きたんだ。あたしに飽きたんだね、静雄は。許せない。死んでしまいたい。少なからずあたしの事を思ってるうちに静雄も死んで。今すぐに!

あぁ、あの女だって静雄の事を良い男だと思ってるに違いない。今だってほら、ケーキ用にって言いながら皿を持って来た。あたしにも皿をくれるのは優しくして少しでも隙が出来るようにって策略。そんな安易な考えには乗らないから。静雄は渡さないんだから。あたしだけの大切な男なんだから。



「ふー…結構食ったな。名無し、あんま食べて無かったけどどうした?」

「……何でもないよ」

「やっぱり、痛ぇの?帰ったら薬飲んで寝た方が良いぞ。悪かったな、こんな時に…」

「大丈夫、そこまでじゃないから」



静雄があたしの生理痛の心配をしている。これはカモフラージュだ。あの女が運んで来た新しいケーキを静雄は嬉しそうに皿に盛って、これでもかというくらいにその細身へと納めた。あの女へと膨らむ恋心と同じように、胃を膨らませているのを隠す為。

きっと、ケーキを装って居る時にあたしに隠れてあの女は今度いつ逢うかなんて会話を静雄としていたに違いない。

だからか!

迂闊だった。静雄が家に帰ったら薬を飲んで寝た方が良いと勧めてきたのは、あたしが寝ている間にあの女と逢う為だったのか!まんまと騙された。あたしはやっぱり子宮でしか物事を考えられない。だから頭で物事を考えるあの女に嵌められた!



「ちょっと、便所行って来る」



不意に、静雄が立ち上がってトイレへと向かった。

それに合わせるかのようにあの女も裏へと消えていく。

何て事だ。絶望的だ。静雄はもうあの女の手中なんだ。あたしの事なんか微塵も想ってはいない。この夏、また新たに沢山作ることが出来た思い出も、これから待ち受ける幸福も全て想ってはいない。静雄はあの女とのセックスしか頭に無いのだ。

どうしたら良いんだろう。

静雄が居なくなった世界であたしは独りぼっちで生きていけるのだろうか。こんなに依存している男から切り離されて、あたしは立って居られるのだろうか。

答えは、否。

静雄が居なきゃ生きてはいけない。こんなに愛している人が自分を捨てて他の女を愛しているだなんて、そんな凄惨な世界で生きていくなんて無理だ。

そうだ、静雄が戻って来たら女の事を問い質そう。それから素直に気持ちを教えてもらってから、哀しみの中で共に死のう。静雄の首にこのフォークとナイフを思い切り突き立てて殺してしまおう。あたしも同じように死のう。もし静雄が死なずとも、目ん玉をくり抜いて二度と他の女を見れないようにしよう。あぁ、本当はこんなの望んでいないのに。静雄はなんて罪な男なのだろうか。

もう、きっと静雄の骨張った大きな手はあの女の胸を揉み上げているだろう。「彼女は良いの?」「名無しの話はやめてくれ、今はお前が欲しい」だなんていつもの低くて子宮に甘く響く声で言っているに違いない。あたしの静雄に突かれて喜ぶだらし無いまんこより、女の男を知らないキツキツまんこの方が良いんだ。あたしにしてくれていたみたいに、指を突っ込んで掻き回して、それから逞しい腕で抱きかかえながら熱いペニスを挿入。女は声を漏らさないように耐えながら静雄にしがみ付くんだ。

泣きたい。あのドアの向こうで静雄が別の女とセックスしているんだ。今すぐこの店の全部が爆発して木っ端微塵になってしまえ。静雄のペニスも、あの女のまんこも、あたしの哀しさで血の涙を流す子宮も、色とりどりの美味しいケーキも、全部全部、消えて無くなってしまえ!



「…ほら、あったけぇ紅茶貰ったぞ。ここ、クーラー効き過ぎてるから弱めてくれるように頼んどいたから。名無し、大丈夫か?」

「………今日、手帳にセックスって書いたの」

「はぁ?」

「……でも、出来なくなって、あたし不定期で生理来ちゃうから、だから、」

「…じゃあ、帰ったら痛くない程度にするか?」

「…………………うん」



子宮もあたしも、今…とても幸せです。







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妄想、しちゃいますよね?


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