異常事態として

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※現実問題として、続編



――名無しは、俺の運命の天使だ。眉毛なんか放っておきゃあ生えてくんだろ、それに何もしなくてもこんなに可愛いんだぜ?助ける、つかもう離さないな。逃がさない。名無しはこれからずっと俺のもんだ。



あの夜あたしにそう言った男を、テレビの画面越しに見つめて…大きな溜息を吐き出した。

お決まりなドリームなら、きっと今頃あたしと彼はイチャイチャちゅっちゅっの真っ只中で、あわよくば結婚の話だって出ているかも知れない。だけど、そう上手くいかないのがこのドリームな訳です。つまりは今のところ、ううん、ひょっとしたらこの先もずっと、平和島静雄と名無しちゃんは結ばれはしないんだから。

“異世界民主主義保護法”
通称――…“異民法”

そんな法律が出来たのはあたしがこのデュラララ!!の世界にトリップしてから半年後とちょっとの事だった。詳しい説明とか長ったらしい説明を端折って話すなら、トリップをした人間はあたしだけじゃなかったってだけの話。デュラララ!!の世界とか他のアニメや漫画や映画とかドラマの世界に…モブキャラが増えた、そんな感じかな。原因はパラレルワールドや平行世界が太陽嵐のせいでどうたらーってお偉いさんが騒いでいたけど本当の所は分かっちゃいなくて、分からないけれど…ある一時を境に、トリップがいとも簡単に出来るように人類は進化してしまった。マヤ文明の予言は大当たり。2012年12月22日を皮切りに、我々人類は大きな一歩を歩みだしたのだ。

でも、何もトリップを一歩にしなくてもいいじゃんか。しかもよりによってあたしを平和島静雄に逢わせなくても良いじゃんか。

思っちゃうよ、最初から無かった事に出来たらって。



「…モテモテですねー。折原と組み合わせて次は歌手デビューですか。良いですねー。腐女子が騒ぎますねー。いや、もう騒いでるか」



どっかのプリンス様かっつーの。気持ち悪い。何なんだよ、お前等はライバルだろ?二人してヒラヒラの衣装着て、歌って、オリコン1位!って…馬鹿みたい。

それでもこの世界からあたしが抜け出せないのは、異民法で奇跡的に割り当てられた池袋のこのマンションの一室が凄く居心地の良過ぎる場所だっただけで、平和島静雄にちょっとでも希望を持っているから…なんてことは絶対に無いから!あんな奴、もう何とも思ってないから。



――名無し、悪い。

――いいよ。仕方ないもん。静雄はトップスターなんだから。それにもう、困る事無いし。

――トップスターなんて言うなよ。

――じゃあ何?静雄様?

――おい、名無し、

――分かってたよ。どうなったって、静雄と結ばれてハッピーエンドなんて展開、あり得ないって事!



そう、完全に、八つ当たりでしかなかった。

あんなに優しくしてくれたのに。静雄は異民が溢れる中で、あたしだけを見ていてくれてたのに。静雄ファンとか静臨静ファンとか…トム静ファンとか、あたしは怖かっただけで。皆の静雄だって思うのが一番だって、決め付けた。そんなあたしを静雄を呼び止めはしなくて、気が付いたらトリップする前と何も変わっちゃいなかった。

あたしの頭の中の静雄は元気よ。あなたの頭の中の静雄は元気?

そんな精神で、トリップする前は全然何とも思ってなかったんだよね。静雄が幸せならそれで良いって、思ってた。だけど本人を目の前にしたら、そんな精神は通用しなくて…彼は勿論、一人しか存在しない。あたしの静雄じゃない静雄だけ。



「…よぉ」



だから、その日…偶然にも4月20日っていう静雄の日、真夜中にインターホンが鳴った時に友達も少ないあたしに誰が訪問してきたんだってちょっと苛立たしかった。インターホン越しに低い声が耳へ響いて、でもびっくりし過ぎて玄関に向かう勇気はあたしに無くて。怖かったんだ。あんなにも、こんなにも好きな人なのに。たった五歩の廊下を渡るのが、怖かった。



「……名無し、」

「…呼ばない、で」

「…名無し、っ」

「呼ばないでっ!」

「………俺が嫌いか?」

「……」

「…嫌いなら言ってくれ、諦めるから」

「だって!…あたし、…釣り合わない」

「釣り合わないって何だよ。俺がお前を好きで、名無しも俺を好きで、それで良いんじゃねぇの…?」

「…」

「一緒にいてぇんだ、名無しと」



何も言い返せなかった。

その代わりにあたしは玄関に行って、頑丈に閉めたドアを開けて、それから目の前に立っている男に抱き付いた。静雄は変装したつもりなのか帽子を深く被っていて、トレードマークのバーテン服じゃない至って普通過ぎるくらいの私服だった。「名無し」って何度も呼びながら泣きじゃくってぐちゃぐちゃなあたしにキスをするから、その内帽子も脱げてしまって。静雄の向こうにカメラとか女の子とか、にやついてる折原臨也が見えたけど気にしてなんかいられなかった。

それぐらい、激しいキスを交わした。



「……ヤりたい」

「…………感動が台無し」

「…好きだ、すげー好きだ。ヤりたい」

「……ちょっと変えても、」



まるで見せつける様にあたしを抱き上げて、静雄は首筋を犬みたいにべろんと舐めつつ家の中に入った。静雄には三歩な廊下を歩いてはワンルームに存在感抜群のベッドへあたしを降ろす。足りない足りないと何かを強請るように、静雄はあたしを求めて。あたしも静雄を求めて。

つまりは朝には二人ともぐちゃぐちゃになって、疲れ果てていた。

夢かも知れないって怖くなって、寝れないかと思ったけど…ギュッってあたしを抱き締めたまま静雄は爆睡してるから、安心かな。



「静雄、愛してるよ」

「ん、俺も名無し愛してる」

「!」











4月20日おめでとう!
静雄おめでとう!
大好きはあはあはあはあはあはあ


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