池袋マジック

(11/14)






「……恥の多い生涯を送って来ました。 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。以下略」



399円のコンビニ弁当の端っこにあった柴漬けをちまちまぽりぽり食べながら、私は寒くて凍えてしまいそうな夜の西口公園の寂れたベンチに座っていた。フリスク代わりの、小さな袋に入ってる柴漬け。透明感に宿る妖しげな紫。口に広がる田舎の匂い。田舎なんて行ったこと無いけどさ。

そう、田舎にいつかは住んでみたい。1q歩いても人に逢わない、けど灰色に押し寄せる海。オホーツク海が、良い。太宰治が津軽海峡ならば私はオホーツク。ロシアに手が届くよ、氷がやってくるよ。サロマ湖。ガリンコ号。ソフトクリーム。



「お前が、けあらし?」

「そうだよ、…プリンさん」

「…やめろ。もう俺が平和島静雄だって分かっただろ」

「じゃあ名無しで。プリンさん」

「プリンは無しだって」

「……平和島さん」

「おう、宜しくな。名無し」



実は友達が少ない、そんな馬鹿みたいなスレッドでプリンさんに(あ、平和島さん)に知り合ったのは2ヶ月前。

“一緒に歩いてくれる人、募集します”

と、何気なく書き込んでから6日目の昼に初めて返信があった。それが平和島さんだった。シークレットモードでお互いにメールアドレスを交換して、歩くならやっぱり華やかな場所が良いとか…何やら出会い系みたいなやり取りをしてから、今日に至る。メールの文面が素っ気ないから、もしかしたら自殺志願者かも知れないとか逢っていきなりレイプされたらどうしようとか…携帯小説にありがちな内容をぺらぺらと妄想していたのは、ナイショ。



「池袋の駅周りを、ぐるっと1週で良いんだよな?」

「………」

「…?」

「やっぱり怖くなって来た」

「あ、…おう。…そうだよな。悪い、じゃあ逢わなかったことにすっか…」

「……?」

「え?」

「俺が怖いんだろ?」

「あ、……違う違う。いや、違くは無いけど、うん。知らない人について行くのはマズいかなって思ったんだ」

「…………知らない人?」

「だってメールしてただけで、私は平和島さんのこと知らないし」



上手く会話が噛み合わないなぁと思いながら柴漬けを噛んだら、平和島さんは苦虫を噛んだような顔をして、おまけにびっくりしたような顔になった。サングラスを取り、私を真っ直ぐ見つめて。そんなに見られたらやっぱりちょっと恥ずかしいな。そういえば毎日電車で目が合うあのOLさんは最近小さなリングが薬指に光っているけれど、あれは…結婚したのよ私!という見せつけだろうか。だとしたら私は堕ちた人間だと一目で分かってしまうくらいになってしまったのか?嗚呼、どうしたら良いんだろう。



「…俺を知らないって、本当に?」

「え、何それ。テレビに出てる人とか?それとも被害妄想?」

「ちっ…違ぇよ。あ、いや…知らないなら知らなくて良い。別に半分嘘みたいなもんだしよ。それより、心配ならちょっと離れて歩けば良いんじゃねぇか?」

「……うん、じゃあそうしよう」



嘘がどうたらとか知らなくて良いんだとかよく分かんないけど、いざという時逃げられるように距離を取って歩くのは良い考えかもしれない。何となくだけど、平和島さんは奇抜な容姿に反して優しそうだ。

私と平和島さんは、間に1人2人入れるくらいの距離を空けてゆっくりと歩きだした。池袋は21時を過ぎたというのにまだまだ人が多い。私の地元とは大違い。流石都会。流石、コンクリートジャングル。ネオンの導き。24時間。眠らない街。サブカルチャー。



「…寒い」

「あぁ、温かいの買うか?」

「ううん……手、繋ごう。もう誘拐されてもいいや」

「っ、…しねぇよ。ほら、手貸せ」



開いていた距離はビックリガードを越えた時にもう無くなっていて、ぎゅっと大きな左手を右手でしっかりと握れば、ぎゅっと同じように返された。平和島さんがちょっとだけ照れたような顔をしながら笑うから、私は寒いのを紛らわす為にマフラーで顔を半分隠した。平和島さんと、このままずっと歩いて行きたいと感じた。

初めて、人間らしくなれた気がした。

















新年一発目がこれって…

寒いのに歩きたくなるのが池袋マジックだと思います。
意味もなくフラフラして、この前池袋警察署を初めて見ました。
静雄が葛原さんと…ぐへへ。


そういえば、静雄はダラーズの掲示板に2回くらい書き込みしたことがあるとか何とか言ってた気がするので暖めていた作品でした。

太宰治になりたい。



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