僕は騙されて

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※君は騙されて、続編






「…名無し?」

「!」



偶然、と言うにはあまりには必然的過ぎるかもしれない。彼に逢いたくて、寿司は苦手なのに此処へ来てしまった。そう、金曜日の夜には露西亜寿司。トムさんと彼のお決まりごと。

だからわざわざ仕事を定時に終わらせて、そんなに仲良く無い同僚の男(前々からデートに誘われていたから都合が良くて)を誘って、山手線に揺られること15分。今まで一歩も近寄らなかった池袋に降りた。サンシャインシティでウィンドウショッピングを楽しんだフリをして、男が「脈があるんじゃないか」なんて勘違いを始めたぐらいでお寿司を食べたいと可愛くおねだり。全ては最初から彼に偶然を装って逢うために仕掛けたこと。だから“必然的過ぎるかもしれない”。お洒落な時計やブランド物のスーツを見せつけられたってちっともあたしはときめかない。よれよれなバーテン服と、抜いて染めて傷んだ金髪、それから不自然なピカピカ革靴。あたしの世界の全てだった、宝物。

でも此処まで上手くいくとは思わなかった。あたしの言葉の足りなさで突然終わってしまったあの日から11ヶ月という月日が経っているのに、彼は何も変わっていなくて。相変わらず貧乏臭い顔をしていた。なりそこないのヤンキー、脳足りんダメ男。あぁ、逢いたかった、愛しい人。



「久しぶ、り」

「…おぅ、元気そうだな」

「名無しちゃん久しぶりだなぁ。相変わらずの美人さんで」

「またまたぁ、トムさんってば」

「…久しぶりって事は知り合いかい?」



彼が一瞬、あたしの左手にあるキラリと光る指輪を見て目を見開いた。それを見逃さなかった。これは最大のあたしから彼への意地悪。どうだ、参ったか。彼は単純だから、そのままの意味で受け取ってくれたら良いのだけど。何だか、子宮がきゅんとした。



「そう、平和島さんとトムさん。池袋に住んでた時に此処で知り合ったの」

「へぇ、また君を知れたな」



空いている隣の席に座った彼の身体がまた、一瞬固まった。それも見逃さなかった。可愛い人。ここまで反応してくれるなんて思わなかった。付き合っていた時、あたしは「静雄くん」と「しずくん」を使い分けていた。彼は羞恥心を感じると怒りだしてしまうから、あたしは彼を怒らせないように人前ではごく普通に名前で呼んで、二人きりの時だけは何とも可愛らしいそれで呼んで。セックスの時は呼び捨てだった時もあったかな。つまり、「平和島さん」っていうのはあたしの二番目の意地悪。あたし達の間には何も無かった、そんな嘘を男に吐きたいって嘘を彼に伝えたくて。

嘘、嘘、嘘。

でもこれで分かった。彼は今でも孤独に漂っている。付き合って1ヶ月くらいから、彼は執拗に言葉を求めて来た。足りない、まだ足りないと、あたしに愛を言わせた。あたしはそんな彼が可愛くて、愛しているや彼がいなければ生きていけないなんて甘ったるい言葉を毎日囁き続けた。そんな彼と、今の彼。全然変わってなんかいない。今も彼はあたしに縋り付いて生きている。

あたしという過去に。



「あれ、随分見慣れない子がいるね?」

「あぁ、初対面だったなぁ。こいつはヴァローナちゃん」

「仕事での後輩に当たります。ヴァローナです」

「あたしは名無し、宜しくね。可愛いなぁー、ヴァローナちゃん」

「本当だ、お人形さんみたいだね。でも…名無しの方が素敵だ」

「はいはーい。こんなに可愛い子と一緒なんて、平和島さんも幸せだね。付き合っちゃえば良いのに。あ、もう付き合ってる?」

「!…ひ、否定します!静雄先輩は、っ…」

「同僚で後輩だ。それ以下でも以上でもねぇよ、」



サングラスの向こうの瞳が揺れていた。

あたしの口角が僅かに上がる。

彼は煽るように苦手なビールを飲み干すと何食わぬ顔でトムさんと仕事の会話を始めてしまって、あたしもそれ以上のことは言わないで相変わらずラブコールが止まらない男の相手をした。

お互いの片手はカウンターの下で、しっかり繋がった。

目線も身体も外を向いたまま、まるで赤の他人のフリをして。しかし情熱的にあたし達はメラメラと燃えていた。指先を確かめるように、指輪を確かめるようにあたしの手に暖かくて大きな手を絡めてあたしを求める彼。あたしもそんな彼の掌を少し爪で掻いたり、指先を絡めたりして求めている事を暖かさに乗せて、手を繋いだ。

300円の花輪があたし達をまた、繋ぎ合わせてくれた。















人前でイチャイチャするのは嫌いだけど、人前で密かにイチャイチャするのは楽しい

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