君は騙されて

(8/14)






俺達の終わりは、本当に呆気なかった。

いとも簡単に愛想を尽かされた。でも今更悲しんだところで仕方ねぇ。何も取り戻せない、そう突き付けられた現実が胸に刺さった。俺がもうちょっと、そう…ノミ蟲みたいに上手く立ち回れていれば、名無しは騙されたまま…そう、俺に怪力がある事を知らないままだった。でも何処かで俺は名無しを信じてたんだ。名無しは俺から離れて行かない筈だって思ってた。俺だって騙すのは性に合わなかった。だけどよ、こんな力があるだなんて名無しには言えなかったんだ。愛してるから。それに、俺は名無しと普通の恋人同士で居たかった。名無しにバケモノと付き合ってるなんて思わせたくなかった。

思えば、今までずっと必死だった気がする。デートの時は絡まれねぇようにあんま目立たない服を着て、グラサンも外して。そうしたら大概は俺を平和島静雄だなんて気付かない。普段は気付かれた方が厄介が無くて良いけど、デートの時は別だ。それでもダメならあーしてこーして。キリがないくらい必死に努力した。全部名無しの為。今まで俺が望んだ平和で幸せな生活でいられたのは、名無しが機械に弱くてネットをあまり利用しなかった事と、名無しが池袋に住んでいなかったっつーとこ。名無しは俺を、全然知らなかった。

何が間違ってたんだ…?どうしたら、どう振る舞ったならお前は離れていかなかったんだ?名無し、独りは怖いんだ。

もしかしたらもう名無しは俺のことなんか忘れて他の男と抱き合ってるかも知れねぇな。俺の中に住み着いている見境ない嫉妬が溢れる。バコッと殴ったら、ヤニの染みた壁がへこんだ。あぁ…マジで嫌いだ、こんな俺なんか。



“ねぇ、感情的にならないでもっと話せないの?!静雄って本当に意味分かんない!”

“だから、俺には治せねぇことなんだから仕方ねぇだろっ!これでもコントロール出来るようになって――…”

“そうじゃなくて!…そうじゃないの、っ”



バケモノじゃない?

それでも関係ない?

愛してる?

それなりの言葉を渡してくれんじゃねぇか?なんて考えてた。名無しならって。デカい俺に負担かけねぇようにキスする時少しだけ背伸びしてたり、料理苦手なくせにお子様ランチとプリンを頑張って作ってくれたり。ゆるゆると髪を撫でてやると嬉しそうに目を細めて笑って、セックスの時は少しだけ強く手を握り正面で向き合って、お互いの鼻先が触れ合うくらい近くで愛してるって言ってやる。そしたら名無しはいつの頃からか…泣きそうになりながら俺自身を締め付けるようになった。それまでの照れた感じも可愛かったけどよ、俺は愛されてるなって感じられて断然こっちの名無しの方が好きだった。



“…静、雄…っ、愛してる、”



あぁ…俺もだ、名無し…。

別れた夜から俺はちっとも変わってない。何度も何度も埋められない空白と駆り立てられる性欲を妄想で補った。俺の瞼の裏で脳ミソで犯されている名無しに、手は自然と早くなって。愛してると何度もドロドロな精液を吐き出した。手の平を終わって見下ろせば、汚れているそれを見つめて切なくなって、名無しが忘れていった下着に顔を埋めて泣いた。今となれば、一歩だって指先だって思いだって、名無しには届きゃしない。

不意に、キッチン脇の玄関に置かれている踵が擦り減ったボロいスニーカーが、目に入った。「こんなんで歩かないで、余計姿勢悪くしちゃう」なんて名無しが買ってくれた革靴が隣に並んで。前まではあいつらの隣に、俺が名無しにプレゼントしたミッドナイトブルーのヒールが並んでいた。小さい薔薇のモチーフが付いてる俺からしたらスゲェ小さい靴で、名無しが履くとその脚の白さが夜色のヒールによく映えていた。

その白きも、夜も無くなって、灰色に広がるは、いつの間にか置いて行かれていたのは俺。



“静雄がいなきゃ死んじゃう、ってくらい好き。静雄は?”



おい、嘘吐き名無し。俺と別れたんだから言葉通り、俺を想って死んでくれよ。




♂♀




静雄と別れてから2ヶ月と少し。正直静雄を失った穴は、あたしの中にどかんと深い深い傷を残した。でも仕事は休めやしないし、前に進まなきゃいけない。合コンにだって、気遣ってくれた友達に誘われるままに行った。酒の勢いで知り合った男と寝たこともある。静雄から連絡がくるかも知れないなんて淡い希望を抱いてメールアドレスも変えられないまま。結局は静雄しか、あたしにはいない。だけど別れてから一回もメールや電話は来なかった。現実はこんなもんと悟りだして、あの時間違った言葉しか吐けなかった自分を凄く憎んだ。過去は寂しがりだからずっとついてまわるんだよって誰かが言っていたけれど、ついてまわるくせに過去はあたしを過去に戻らしてはくれない。

ただ…毎日毎日同じことを繰り返して、そう、日々を繋ぐパッチワークがどれだけ上手くなったんだろうか。静雄がいなきゃ死んじゃうなんて、本当に口ばっかな自分が後ろからあたしを嘲笑っている気がした。真っ暗な部屋に独り、仕事から帰ってスーツも脱がないまま缶チューハイを開けて飲む。窓からぼんやりと月明かりが入って、あたしのパンストに包まれた足を照らせば、静雄がタバコを我慢してお金を貯めてプレゼントしてくれたあのミッドナイトブルーのヒールを思い出した。足元に夜が届いたように感じた、あのプレゼントをあたしは涙を流して喜んだっけ。不意に部屋の端っこにある、あのヒールが入ったままのビニール袋が目に入って、まだ捨てられないと小さく唇を噛んだ。

今、あたしを突き動かしてくれているのはこのぼんやりとした時間。あたしは退屈達に生かされている。128円の缶チューハイと、無音で点いているバラエティー番組と、月明かりと、置き去りになった静雄のTシャツ。

ゆっくりとパンストの上からアソコを撫でたら、じわりとした快感と涙が溢れた。今日も眠れそうにない。嗚呼、本当に嫌。



“ねぇ、感情的にならないでもっと話せないの?!静雄って本当に意味分かんない!”

“だから、俺には治せねぇことなんだから仕方ねぇだろっ!これでもコントロール出来るようになって――…”

“そうじゃなくて!…そうじゃないの、っ”



バケモノじゃない

そんな静雄でも関係ない

愛してる

それなりの言葉を渡してあげられると思ってたのに。ずっと黙ってたけれど、あたしは静雄のことちゃんと知ってた。だから静雄が打ち明けてくれた時はちゃんと言えると思ってたのに。ずっと隠されてたって寂しかった気持ちが先に立って、大人になんてなれなくて。

あたしより身長の大きい静雄に負担をかけないようにキスする時少しだけ背伸びして、料理は苦手だけどお子様ランチとプリンを頑張って作ってみたり。ゆるゆると髪を撫でてもらえるのが嬉しくてその度にクスクスと子供みたいに笑ってしまった。セックスの時は少しだけ強く手を握り合い正面で向き合って、お互いの鼻先が触れるくらい近くで愛してるって言い合う。でもそんなセックスだって、あたしはいつの頃からか静雄を感じられていない気がして、寂しくて…泣きそうになりながら彼自身を受け止める様になっていた。愛されてるんだなって感じられて、けれどやっぱり何も打ち明けてはもらえない。寂しかった、辛かった、愛してるのに、静雄はずっと遠かった。



“…名無し…っ、愛してる、”



あぁ…あたしもだよ、静雄…。

別れた夜からあたしはちっとも変わってないの。何度も何度も埋められない空白と駆り立てられる性欲を妄想で補って。あたしの瞼の裏で脳ミソで抱いてくれる静雄に、指は自然と早くなって。愛してると何度も身体を震わせた。手の平を終わって見下ろせば、無色透明に濡れているそれを見つめて切なくなって、静雄に置き去りにされたTシャツに顔を埋めて泣いた。今となれば、一歩だって指先だって思いだって、静雄には届かない。

静雄、逢いたい。

愛してるの。

バケモノだなんて、思ったこと一度だってないよ。

静雄はあたしの大切な人だもん。

愛してるから、置いていかないで。

静雄、静雄…、

もう一度、名無しって呼んで。



《削除をしますか?》

《YES》

《一件の削除をしました。》



ほら、また、嘘をついた。



















格子の心臓(GUMI)
で書いてみました。

女の子って1人でシた後って虚しさで泣き出しちゃうことがあるんだって、コラムを読みました。

確かに…とちょっとしみじみ。

この二人の今後を書こうか…どうしようか…


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