むなしい行列

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限定プリンを買って来い。

大好きな大好きな静雄さんは、例のごとく抱き付いて背中に顔を押し付けたあたしを片腕で楽々と引き離しながらそう言い放った。毎日を静雄さんを追いかけることに費やしているあたしはそれだけでも十分嬉しい。だって触られたし、声掛けられたし、見つめられたし!だからあたしは1つ返事で彼の要求を飲んだ。トムさんが呆れたような顔をしたけれど、あたしは気にしない。ブロンドの女が無表情で見てきたけど、気にしない。あたしはよく知る洋菓子店まで駆け出した。

サンシャイン通りに面したところにある“Patisserie Swallowtail White Rose”。既に限定プリンを求めて沢山の人が並んでいた。プリンが買えなかったら静雄さんに嫌われてしまうかもしれない。あたしは不安でいっぱいになりながら行列の最後尾に並んだ。静雄さんに言われる前に並んで買って置けば良かった…そんな風にも感じてしまうくらいに沢山の人が並んでいた。

どれだけ待っていたか(あたしは我慢が苦手だからきっと30分くらい)、店の入り口にさしかかった時…あたしは通りの向こうに静雄さんを見つけた。静雄さんはブロンドの女と一緒だった。女も静雄さんもあたしに気付かないまま、ブロンドの女は通りの反対側にあるこの店を指差して何かをしきりに静雄さんに伝えている。静雄さんはそれを耳を傾けて聞いては嬉しそうにふんわりと笑って(あんな風に笑ったところなんて始めて見た)、ブロンドの女の手を引いてこちら側に来ると限定プリンの行列の最後尾に並んだ。

あたし…本当は、静雄さんがブロンドの女とそういう関係なこと知ってる。それでも知らないフリをしているんだ。時には知らない方が楽だということもある。いつか静雄さんが話してくれたら、静雄さんがあたしを完全に無視するようになったら、そうしたら…あたしは静雄さんを諦めようと、思う。天真爛漫に振る舞うのも、もう…疲れたのが正直だけど。

あたしは限定プリンを難なく手に入れた。

箱を片手にあたしはもう買えないと決定し落ち込んでいる二人のところへ向かった。ブロンドの女が静雄さんを心配そうに見上げていて、静雄さんは女の頭をわしわしと撫でてから、あたしを見るなりちょっと眉間に皺を寄せた。静雄さんに箱を差し出す。そうしたら静雄さんはちょっとだけ驚いた顔をしながら箱を受け取った。



「くれんの、か…?」

「うん!…二人で食べて下さいまし」

「ありがとな、名無し。ヴァローナ、事務所帰って食おうぜ」

「……先輩、それは」

「?」

「じゃあ静雄さん、またね」

「名無しはいつもウゼぇから来んな。ほら行くぞ、ヴァローナ」



静雄さんは忘れてしまったのだろう。あたしに、限定プリンを頼んだこと。多分、追い払う口実に言った一言だろうから。



「…っ、…静雄さん、」



びっくりするくらい早く涙が溢れた。ウゼぇ、なんて言われたのがパンチ効いたのかも知れない。大好きなのに、自分は彼を見つめることさえも許されないのか。くそったれ。



「はっ?…ちょっ、お前何で泣いてんだよ」

「…くそ!」



プリン頼んだこと忘れるなんてボケてんじゃない?大っ嫌い!ほら、ブロンド女が先に帰っちゃってるじゃん。追い掛けたら?追い掛けて公開セックスでもしろよ、この童貞!くそったれ!そんなあたしはもっとくそ!



「名無し…なぁ、泣き止めよ。俺が泣かしたみたいだろ…?」

「静雄さんに、泣かされたんだもん」

「何で俺なんだよ」

「こんなに毎日大好きって言ってんのに、聞いてもくれない。挙げ句、ウゼぇ!くそっ!…もう好きで居るのやめる!」

「………え」



何、真っ赤になって怒ってんのさ。最低。大っ嫌い。言いたい放題言ってやったら静雄さんはあたしを真っ赤になりながら見つめて、それからいきなり抱き締めてきた。

え、ちょっと待って、…えっ?



「…好きならちゃんと言えよ。つか泣くな、」



ごしごしとYシャツで目元を拭かれる。というか理解出来ないんだけど…これってもしかして夢?夢オチって最悪なんだよ?



「くそったれ!」

「可愛い」

「!」

「…これからは、っ…こここ恋人だな!」



…まぁ、良いか。









「やっとくっついたのか、本当に静雄は鈍感だからいつくっつくのか心配だったんだ」

「静雄先輩、名無しの告白を偽りと誤解。故に2人は複雑。骨が折れました」

「…そっか、じゃあオニイサンと遊ぶべ」

「…拒否します」


















こんな風にしたくなかったんだけど…



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