傷兵の口付け

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言って置きますけれども。五月蝿い、話しを聞いて。そこにちゃんと座って。正座っ。そう、ちょっとっ、プリン食べないで!これだから能無し、テク無し、金無し、甲斐性無し、将来性無し男は困る。良いから黙って聞きなさい!

…いい?つまり私の夢は、

田舎から出て来たばかりで都会に馴染めないまま困り果てているところで、夕飯の買い物帰りに口ずさんでいただけの歌を聞いたイケてるお金持ちだけど愛情を知らないオジサマが、私を色んな意味で自分の娘に迎えるの。そして自由の国アメリカに行く。オジサマはまず私を、小さいけど歴史のあるクラブで歌わせるの。私は緊張で胸が張り裂けそうだったけど、拙い英語で“Beautiful”を歌う。クリスティーナみたいに綺麗じゃないし、歌だって上手くない。けど私は此処にいる、私は歌ってる、私は強く生きていくって気持ちを込めて歌うの!

日本人の小娘がその儚げな歌声で全米を魅了!

そんな見出しで新聞の一面は私の泣きながら歌ってる姿。動画サイトの再生回数は世界トップになる。私はオジサマからもらったきっかけで力を付けた。怖いモノは何もない。私は周りも唸らせるくらいの歌声を身に付けていって、ブロードウェイの舞台で踊って歌うことになる。中にはジャップのビッチがマネーで上がって来やがったって嫌な奴もいるし、ドレスを破られたりなんてのもあった。けど私は声が枯れるまで、力が出なくなるまで歌うの!

でも私だっていつまでも輝かしい舞台に立ってはいられない。引き際を知ってるつもり。オジサマも私をスターにしてすぐに死んでしまったし。私は世界に惜しまれながらも31歳という若さで電撃引退。小さな赤いポシェットに、自分が一番輝いていた頃の写真と、大好きなクリスティーナとボンジョビィが沢山詰まったipodを入れて、オジサマからの最初で最後のプレゼントだった五芒星のネックレスを光らせて、独り…イタリアに渡るわ。

日本には絶対に帰りたくなかったから。田舎の家族は、歌手になりたかったあたしを追い出したくせに売れた瞬間…媚びを売って来た汚ない奴らだし。逢いたくない。独りで、いたい。そう思ったの。

イタリア語も知らないくせに始めた無謀なイタリア暮らしは、地中海の見えるバルコニーが付いた白い小さなアパートの一室から始まった。ある日、バルコニーで昔の歌を口ずさんでいたら、若いだけで才能の無い画家の男が私を下の通りから見上げながらしきりに絵を描いていたから、私は彼を部屋に招き入れて、その官能的に描かれた私の絵を横目に眺めながらセックスをした。

それから私のイタリア生活は毎日毎日毎日、若い画家のゆで卵(才能が無いんだから卵じゃないでしょ)とオリーブ油と辛口白ワインとチーズのことを考えながら送ることになる。

私は自分の今までの糞みたいだけどキラキラな人生をゆっくり日記帳に詩として残していくの。そしたらそれは一冊の本になる。しわしわになってしまったぐらいに、若い画家に私はそれを渡すの。私の全てを、作品にしてくれない?最初で最後の依頼を彼にする。

今際の時、彼は――巨匠マグリットが造ったダヴィッドのレカミエ夫人みたいな――私の肖像を見せてくれるの。若くて才能の無いゆで卵な画家によって残された私は何とも滑稽で、歪んでいた。彼はキャンバスの端に

“戦争を逝き抜いて、”

と訳分からない題名みたいなサインを残した。彼は本当に才能が無いなぁと笑ってしまいながらも、私は深い深い眠りに堕ちていくの。



「長げぇよ」

「最低っ!それにまだ続きがあるんだから!…霊にならないように火葬して、もちろん瞼の上には船賃になるコインを忘れずに…」

「うぜぇ」

「クソ男!」

「あ、でも“戦争を逝き抜いて、”ってのは良いな。俺も毎日戦争だからよ」

「私は使えない兵士は要らないんだけど」

「名無しは俺って兵士を戦争から救ってくれる天使だ。俺の女神。最後まで戦って、羽根がもげちまったら…俺がちゃんと抱き止めてやるからな」

「静雄なんて大っ嫌い」

「俺はスターでも、しわしわでも、歪んでる肖像でも、妄想癖のアホ女でも、名無しだから好きだぜ?愛してる」

「…静雄は、せめて金無しだけでいいからどうにかして」

「分かってる。ちゃんと働いて、いつか結婚出来るようにすっから。つか、他は?」

「……テク無しは、静雄らしいから良い。むしろテクニシャンな静雄は気持ち悪い」

「…やべぇ、今ので勃っちまった。名無し、ヤるか」

「えっ?はっ?……ンぁあっ」



本当は今が一番。





















バーレスク という映画を観ました。
クリスティーナが元々大好きなので凄い燃えた。


馬鹿女と馬鹿男って、無限大!


馬鹿女になりきれない自分は、愛とか恋は苦手です。



Thanks/告別 様



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