「参ったね、これは…」
休日の池袋、60階通り。あたしはサンシャインシティの入り口で途方に暮れていた。
目の前にはネオンが煌めき、遅い時間の割に人通りの多い…どしゃ降りの雨に濡れる池袋。降水確率は30%じゃなかったのだろうか。だから折り畳みの傘もいらないと余裕ぶっこいてたのに。傘を買えば良いのだけれど、生憎276円しか財布に入ってないし…アルバイトを終えて出てきたあたしは、振り返らなくても店のシャッターが閉まっていると知っている。
今日は暑かったからサンダルにワンピース。もう足はびちゃびちゃに濡れている。ちょっと寒くなってきた。仕方ない、そう諦めてあたしは走りだした。が、そりゃそうよ、サンダルだもん。走りだして少しして松屋の目の前で派手に
転けた。
「え、ヤバくない?」
「助けてやれよ〜、だはははっ」
動けないのは恥ずかしさだけじゃない。これは本気で痛いバージョン。足とか手とかジンジンと痛むし…おまけに雨に濡れて髪も服もぐちゃぐちゃ。何とか地面に座り込む様に起き上がったけど、思い切り皮が向けて血が滲んでる両腕と膝小僧くんが二人。
聞こえてくる嘲笑に気持ち的にもやっぱり辛くなって来て、今にも泣き出してしまいそうだった。笑うなら笑いながら助けてくれるくらい………
「名無しか…? うわ、お前大丈夫か…? ほらよ、っ」
いきなり、フワリと身体が浮いた。アメリカンスピリッツの匂いと、ビールの匂いがする。顔を上げると目の前には平和島静雄がいて、冷静になると、自分が相手に片手で抱き上げられているのだと分かった。
「…、っ……」
「泣くほど痛ぇのか?…まぁ、血出てるから当たり前か」
あたしは彼の首に縋るように抱き付いた。優しい眼差しが向けられているのは、いつぶりだろうか。平和島静雄はきっと飲んで来たんだ、酔っているんだ。でもそんなことは今、関係なかった。愛だとか色々考える自分は居なくて、彼の温もりを一心に欲しがっていた。
「平和島、静雄っ」
「何だよ」
「あたしを、置いて行かないで」
「……あぁ、置き去りなんかしねぇよ」
平和島静雄は、あたしを痛いくらいに片腕できつく抱き締めて耳元にキスをしてくれた。彼は酔ってる。
神様、あたしは愛が分からないよ。
「ほら、翼を授ける…なんてな」
暫く揺られていると、見知らぬアパートの一室に着いた。平和島静雄は何の迷いもなくあたしを自宅に連れてきたのだ。あたしを風呂場に下ろすと、先に風呂に入って温まるように促した。
あたしだってそりゃ多少の恥じらいはある。けど素直にシャワーを借りることにした。冷えた身体は温まるけれど、やっぱり傷口は綺麗にされる程に酷さが浮き彫りになった。それに超絶痛かった。お風呂から上がると新品のダサい柄の女用下着と彼のシャツとズボンがあって。大人しくそれを着てリビングに行けば、平和島静雄は振り返って満足そうに笑ってからあたしに飲み物を手渡した。
「翼を授ける、なんてな。ほらソファー座って足と腕出せ」
エネルギー補給飲料はゆっくりゆっくり食道を伝わっていく。あたしはソファーに座って彼が治療してくれる様を何も言わずに見つめていた。彼はどんな気持ちなんだろう。
ぴりりっと傷に染みる消毒液に、顔をしかめた。
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続きます