「やぁ、名無しちゃん。随分とまた面白い事してるらしいじゃないか。シズちゃん、絡みでさ」

「良いから。お金は出すから早くスパイスになりそうなのを教えて」

「肉ってさ、よくコーラとかビールで揉むと柔らかくなるとか言うけど…シズちゃんは柔らかくなんかならないと思うなぁ。あ、君は早く腐らせ」

「喧しい、情報屋。やっぱりあんたに聞いたあたしが馬鹿だった。」

「いやいや、待ちなよ。これでも応援してるんだ。愛は絶望、だったね。それには俺も同感するよ?愛してる人間が俺を愛して、絶望させようと策略を巡らせて足掻くなんて素晴らしいじゃないか!」

「…平和島静雄でも?」

「意地悪な事聞くなぁ。シズちゃんだって、最初から嫌いだった訳じゃないよ。今は消えて欲しいけどね」



とある昼下がりのとあるビル二階、池袋の街を歩く人間が見渡せるカフェに俺は居た。エスプレッソが入った小さなカップをスプーンで数回混ぜてから飲んで、熱い液体が食道を抜けていった。

ごく普通の女子大生と一緒に。

彼女は、ここ池袋に住む“一般ピープル”の一人だ。そんな彼女と何故仲良くアフタヌーンティーを楽しんでいるのかといえば、それは彼女がシズちゃんを愛しているからである。

中学時代の聞くのも躊躇われる事件をきっかけに、心底歪みきって、人に愛される術を知り、絶望を愛と思ってるなんて、俺からしたら面白い人間で堪らない。

けれど俺は…彼女が時折、人間じゃない別の存在な気がしていた。いや、さっきから言ってる様に彼女はクリームメロンソーダを飲む、ごく普通の女子大生だ。確か大学も自宅アパートも池袋から程近く。得意な事は特になく、特別美人でも無いしスタイル抜群という訳じゃない。今年に入学した大学だって高校からの推薦という楽々コース入学で、偏差値も中の下か中くらい。

名無しは余りにも“普通過ぎていた”。

初めて逢ったのは彼女が高校2年の時。

“黒い人、さっきから人間観察してたでしょ。観察してたから分かってたよ。”

正直、新手のナンパかと思ったけど…俺がシズちゃんから忌み嫌われていて、俺についてればシズちゃんに逢えるし、シズちゃんが暴れてるのを間近で見れる、なんて既に調べていたと言われた時はざわざわと胸が騒いだ。

俺はあの時の気持ちや、今…名無しという人間に感じている気持ちが分からずにいた。だから思ったのだ。人間じゃない、化け物のシズちゃんを愛してるなんて…人間じゃない違うモノだ。



「情報屋、あたしは平和島静雄を愛してる。だから平和島静雄が苦しんで、絶望してる姿が見たいんだ。手を繋いで、口付けを交わして、セックスに明け暮れる気は無い。そんなのは、」

「愛さ。それも愛だよ。俺が人間に抱いてるのと同じさ。俺は今すぐトイレに君と2人で駆け込んでセックスする事も出来る」

「…あたしが絶望的になるから、それもそれで愛か。」



暗いけど真っ直ぐな目が俺を見つめている。

名無しは、多分俺と似てる。普通なら同族は嫌悪するけれど、でも彼女を唯の人間として愛する対象にはできなかった。よく、正しい答えが見つからない。



「ソフトクリームをぐちゃぐちゃに溶かしたいなら、支えてる氷を砕いてソーダを飲んでしまえば良い。そしたら君は甘い甘いソフトクリームのぐちゃぐちゃな姿を眺めながら楽しく啄めるよ」



ひらりと三枚をテーブルの端に置いて名無しは店を出た。俺にもらったUSBの中に入ってる情報を使って、素晴らしい絶妙な味を出してくれる筈だ。

俺は言えようの無い悔しさで仕方なかった。

口の中に広がる苦いエスプレッソの味が、名無しの味な気がした。



“寂しいの?”

“は?”

“人に愛されたいんでしょ?”

“まぁ、ね。俺は人間を愛してるから、人間も俺を愛するべきだとは思うよ。”

“あたしは好かれる術を知ってるよ。普通になるの。普通に溶け込んで、日常の中で日常になる。そしたら周りは好いてくれる。愛してくれるのは、唯一人で良いけれど…それじゃ寂しいから。”

“寂しい…?”

“独りって寂しいの。”











折原嫌いなのに



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