「2人ともぐちゃぐちゃなんだから、早く入って来なよ」



街の雰囲気に合わせたらしい南国風のホテルに入ると、開口一番に臨也はあたし達に風呂を強制した。

確かにお互いに落としたと言えど砂まみれ、それから潮臭くて髪の毛なんかバリバリだ。仕方ない、と風呂に向かうと静雄が後ろについて来るから、あたしはそれを驚いて引き止めた。



「ちょっ、一緒に入るのか?」

「何だよ」

「いや、…臨也居るし、」

「今更だろ」



当の臨也はベッドの縁に座って珍しくも缶ビールを開けてテレビをぼんやり見つめていて、あたし達が一緒に入ってくるなんて予想している感じで、寧ろ気にも止めていなかった。

ちょっとは、いつもみたいに馬鹿にした様な一言をくれてもいいじゃないか。なんて思いながらこれまた仕方なく、何だか楽しそうな静雄の手を引いてバスルームへ向かった。バスルームには何に使うのか分からないピンクのマットや、シンプル過ぎて逆に怪しいパッケージのローションが置いてあり、それの隣に平然とシャンプーやボディーソープが置かれていた。静雄はベタベタな服を適当に脱ぎ捨てると、浴室に入ってはその如何わしいローションを眺めて嬉しそうな笑顔を浮かべる。



「俺、初めてなんだよ。こういうとこ入んの」



20歳も疾うに過ぎた男がラブホテル初体験とは。日本国の少子化問題は思っていたよりもずっと深刻そうである。

わくわくした様子の静雄の傍に同じく服を脱いでタオルを巻いてから入ると、静雄はシャワーを頭から浴びた。まるで水を浴びる大型犬のように水を撒き散らすから、隣にいるあたしはたまったもんじゃない。静雄からシャワーを奪うと、浴槽の縁に座って大人しくするようにあたしは命令した。



「…はしゃぎ過ぎ。洗ってあげるから大人しくして」

「……ヤらねぇーの?」

「臨也がいるからダメ」

「んじゃ、殺してくる」

「それもダメ」



セックスを気兼ね無くしたいから殺す、そんな間抜けな理由で殺されるなんて…殺される人が哀れ過ぎる。臨也が簡単に殺される訳は無いけれども、静雄が明日のツイッティアや某掲示板で面白可笑しく殺人犯として書かれるのは嫌なので、シャンプーで頭を洗ってやりながら動きを抑えた。

静雄はだらしなくも立派なイチモツを晒したまま、あたしにわしゃわしゃと頭を洗われる。ゆっくり手を伸ばして、あたしのバスタオルを剥がそうとするから…ぺちんと叩いてそれも止める。やりたくない訳じゃないけれど、家に帰ったら気兼ね無く出来るのだから。今は我慢。



「…おや、早かったじゃないか。シズちゃんって、そんな早漏だったの?」



減らず口が。

シャワーを浴びて、これまたいやらしいバスローブにとりあえず腕を通したあたし達を見た臨也は、上がって来たのが早かった点を指摘したかったらしく、静雄がまた怒りそうな事を言ってくれて。案の定、怒った静雄は暴れられないと思ったのかあたしを抱き締めて怒りを抑えた。

ちなみに静雄は、遅漏だと思う。

教えてなんかあげないけど。



「いや、シてない」

「何で?」

「そんな気分じゃない」

「俺はそんな気分だ」

「因みに俺もよってるから、そんな気分だ」

「…じゃあ2人で仲良く穴掘りでもしてろ」

「「?!」」



そんな気持ち悪い展開は例え明日世界が滅亡するのにどうしようもなくセックスがしたくなったとしても、絶対にあり得ない。と、いつも以上に早口で臨也が怒ったように言うから、ひょっとして満更でもないのでは?と少しだけ思った。静雄の方はひたすらに気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いと呪文のように否定する言葉を吐き散らしていた。

臨也と静雄のセックスか…。

プロレスみたいで何か笑える。その場合は小さいから臨也が尻を差し出すのか?それとも静雄が以外にも差し出す側か?男に味をしめて、静雄があたしとセックスしてくれなくなったらどうしよう。今からでも、膣の締め付けが増すストレッチでも始めようか。あとは、そうだな…刺激を与える為にコスプレとかも良いかもしれない。池袋に帰って落ち着いたらーー……



「あのね名無し、心の声みたいだけど駄々漏れだから。やめてよ、俺とシズちゃんで変な妄想するの。気色悪くて吐くかと思ったじゃないか」

「珍しく同意見だ。名無し、気持ち悪いからやめてくれ」

「あ…ごめん。でも、あたしは好きになれないけど…その道の人にはとっても美味しいんじゃない?あたしはサイモンやトムさんにヤられてる静雄の方が、ずっと静雄らしくて好きだけど」

「!!!」

「言うねぇ…。それなら俺は女の子と戯れてる方がイメージに合ってて、シズちゃんはそれこそプロレスみたいに穴掘られてる方が合ってるって事だねぇ!ハハハッ!」

「いや、臨也は実は門田が好きだーとか…粟楠会のオジサマ達に食い潰されるとか」

「?!!」

「っ、ざまあみろノミ蟲!手前は肉便器コースだ、たっぷり味わえよ」

「サイモンの巨根突っ込まれてガバガバの奴よりマシだね!シズちゃんのガバ穴!」

「なっ!手前、今すぐぶち殺す!!」



流石に部屋で暴れる訳にはいかないと思っているのか、2人ともベッド脇の狭いスペースに立ってやんややんやと言い合いをしながら喧嘩をして、時折お互いに頭を叩いた。

いつもこのくらい可愛らしい喧嘩ならば、池袋もずっと平和になるのに…とぼんやり考えながら、その様子をベッドに寝転がって見つめる。あたしが冗談で言っただけなのに、ムキになって喧嘩して。臨也がいつもよりずっと幼稚な怒り方しかしていないから、酔っている事は丸わかりだ。不意にテーブルの上に置かれたスーパードライのロング缶が転がっているのが見えて、臨也も静雄と同じで酒が弱い方なんじゃないかなと思っては笑ってしまった。

似ているところが、ずっと多いのかもしれない。そんなふうに感じた。



「……もう疲れた」

「あぁ、…っ…疲れた。寝る」

「シズちゃんはデカいからソファーで寝てよ」

「あ?」

「臨也」

「……シャワー浴びてくる。場所取って置いてよね」



暫らくしてシャワーから戻って来た臨也は、あたしをがっちり抱き締めて眠ってしまった静雄とは反対側に横になった。小さい声で「眠い」と呟いたかと思えば、あたしの手を握って子供みたいに丸まって眠ってしまって。子供って体温が高いんだよなぁ、と2人から感じる体温に笑ってしまいながら、染めてキシキシな金髪の向こうにある額にキスを、ちょっと将来的に心配な額にもキスをして、あたしも眠った。

大人になるにつれて、男女がベッドでする事は限られてくる。それは自分自身の中に大人が生まれるからだ。でも同時に自分自身の中の子供は死んでしまう。子供で居ていい時間なんて、考えてみたらずっと短いのだ。悲しきかな、哀しきかな。

でも今だけは、この短い瞬間を…3人で隠れて子供になる事にした。






セックスはしてないけど、
ずっと気持ちいい経験に。



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