「……驚いた?」



そう後ろから問いかけてきた臨也は、本当に相変わらず嫌な顔をしていた。あたしの大嫌いなニヤニヤした、いやらしい顔。

振り返っていた顔を目の前に戻して、頻りにザザーッと押し寄せる音を頼りにしながら真っ暗な中をゆっくり進んだ。既に靴を脱いだ裸ん坊の足は冷たい砂を押し掻き、あたしをどんどん奥へと引き寄せる。やがて足先が湿ったところでぬかるんだかと思えば、膝小僧の辺りのギリギリまで一気に生温い暗闇が這ってはすぐに去っていった。



「全ての生き物は、海から来たらしいからね。いつだったかな…新羅が熱心に語っていたよ」

「セルティも…って言いたげに?」

「いいや、途中から運び屋の話だった」



ちょっと遠く、後ろの方から臨也の声が響く。でも近寄っては来ない。

あたしは更に足を進めた。



「あんまり行くと、いきなりガクッと落ちてそのままのまれるよ」

「………静雄、怒ってた?」



足探りでしっかりとした足場を探しながら歩いていくと、暗闇はもうお尻の半分くらいまで来ていた。履いていたズボンが脱げてしまいそうなくらいに重くなって、このまま引き摺られて行ってしまうんじゃないか…なんてそんな風に思う。

思えば、自分から進んだ足場に絡めとられてこんな風に暗闇に浸かってしまったんじゃないか。

臨也はあたしが忠告を聞かないで足を進めるのを嬉しそうに見ている。月明かりが彼の赤い目をゆらりと照らして、振り返ると楽しそうに歪んでいたのが見えた。



「……怒ってたよ。本当に電話越しなのか疑うくらいにデカい声で怒鳴るからすぐ切ったけどね」

「何も話してないのか?」

「話したって、聞かないよ。本当に伝えなきゃいけないことは、名無しから言わないとあの化け物は聞きやしない」



これ以上は行きたくない、そんなところまで暗闇に浸かってから身体を臨也に向けて口を開くけど、上手くいかない。寒さが背中と脳に響く。潮はどんどんあたしの曝したままな傷に染みて、痛みを煽った。

本当に伝えなきゃいけないって、あたしは何を静雄に伝えなきゃいけないんだろう。

臨也はぼーっとしているあたしにゆっくり近寄って、波に濡れないところから白い腕をあたしに向かってゆらりと伸ばす。悲しげに笑ったまま、こっちにおいでって呼んで…救いたいのか否か、後ろにある気持ちが何なのか、実際彼自身も気が付いてはいないようだった。



「名無しっ!!!」



不意に静雄の声が聞こえて、見慣れたきしきしの金髪が凄い勢いで走ってくるのが見えた。

何で此処が分かったのか分からないけど、臨也がやれやれといったポーズを取る。静雄は近くまで来たかと思うと臨也には目もくれず暗闇にザブザブと入って来て、あたしをそこから掬い上げるように抱き締めた。ぎゅーっと締め付けられて苦しくて堪らないけど、何だか凄く懐かしい気持ちになって、素直に顔を震える肩へ埋めた。



「静雄、…あたし、っ」

「…馬鹿野郎。怪我、してないか?」

「……してる、」

「?!」

「…………静雄に、あたし…何か言わないといけないんだけど、分かんないんだ。けど、ずっと怪我してる気がするんだ」

「名無しがシズちゃんを選んだのは…シズちゃん、何でだか思い出しなよ。それから名無しを見れば良い、君の罪がありありとしてくるだろう?」

「………名無し、お、…お前、」



暗闇から上がって、静雄はびっくりしたような顔をあたしに向けた。

月明かりに照らされたあたしの腕には生々しい鬱血痕。それはシャツの隙間から見える首から鎖骨にも同様で…沢山のこれを隠す為にズボンと長袖シャツを着るようになったことをあたし自身も今、思い出した。

あたしは恥ずかしげも無いままにびしょ濡れになったシャツとズボンを脱ぎ捨てる。露になった身体を見た静雄は、震える指先であたしの肩に触れたかと思うとすぐに離れて、その場にしゃがみ込んでしまった。

そんな静雄に、何だかずっと昔に見たお父さんが重なって…涙が溢れた。



「………俺は、何やってんだ、本当に……最低じゃねぇかよっ、」



そこに、池袋最強自動喧嘩人形という異名を持つ男はいなかった。



「……静雄、あたし、痛い。静雄…ずっと痛かった、」



やっと出たあたしの言葉に、肩を震わせて泣き出す静雄。愛しくて堪らなくなって、あたしは彼をしゃがみ込んで抱き締めた。

あたしを突き放そうとするけど、静雄はあたしをずっと小さい力で押す。だけどその震える手で直ぐにあたしを抱き締め返してくれた。静雄の涙を舌で舐めとって、瞼にキスを送れば…小さな声で沢山の謝罪が降って。



「……名無し、風邪ひくよ」



しばらく経ってから、すっかり意気消沈している静雄の手を握って横並びに座りながら海を眺めていると、臨也が自分のコートをあたしの肩に掛けながら隣に座った。

ずっと暗闇だと思っていたら、遠くに綺麗な灯台が立つ島があったり…海は月明かりに青白く光っていたり、砂浜のゴミが風で揺れていたりと色んなものが見えて来た。まるであたし達みたいだ。そんな風に思えるくらい綺麗なんだけれど何処か歪んでいる光景が広がっていた。



「……静雄のこと、責めると思ってた」

「…しないよ」

「どうして?」

「そこまで人でなしじゃないって事さ」

「…変だな」

「ねぇ、名無し…?」

「んー?」

「俺が独りぼっちで寂しいって、言ったらどうする?」

「今更?って言う」

「…優しくないね」

「…ずっと前から、寂しいんだなって気が付いてた。あたしと同じだって分かってたから。その、今更って意味」

「選んで、俺を」

「……見て、月が綺麗」

「…っ、」



今度は臨也が顔を俯かせて片手で顔を隠しながら泣いてしまった。

そんな、静雄より幾分か小さい背中をゆっくり片手で撫でてあげると臨也はクスクスと笑ってから子供みたいに泣いて、それからあたしの肩に頭を預けて目を閉じる。寝ないでね、なんて声をかけたら今度は静雄が低く擦れた声で眠いって呟く。



「今日は何でもない3人で、川の字になって寝よっかー」

「ラブホくらいしか空いてないよ」

「臨也は別室にしやがれ」

「まぁまぁ。新宿のオリハラと喧嘩人形じゃない…ただの臨也と静雄と、あたしは寝たいぞー」

「イケメンと寝たいなんて贅沢だよ、名無し。でも、今日は良いかな…ただの3人だしね」

「……仕方ねぇから寝てやるよ」










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