「静雄、起きて。仕事遅れるぞ」

「ん…」



あの一件があってから、俺と名無しの関係は認めてもらえたようで…(ノミ蟲以外は)とりあえずは一安心というところだ。家に帰って来れば可愛い名無しがいて、美味い飯があって、これ以上の幸せはねぇなって何回思ったことか。俺は頬を緩ませながら、困った様に覗き込んでくる名無しをベッドに引き込んで、その何も付けていないからかさついた唇をベロッと舐めてからキスをしてやった。



「も、う…ヤダ、んッ……仕事、」

「名無しが可愛いから悪いんだろ」

「り、理不尽じゃないかっ!」

「何だと…?」

「!」

「この野郎、おらっ」



朝から盛ったことに腹を立てた名無しが不機嫌そうにこっちを見つめながら文句を言ってくれば、可愛くないわけがない。いや、ぶっちゃければ全部が可愛いんだけどよ?そんな名無しの脇腹に手を入れて擽ってやる。名無しはじたばた藻掻いて散々笑った後に手を離してやったらぐったりとしてしまった。何か、エロい。可愛い。



「お、鬼っ!」

「あ゙?」

「……………………好きだ」

「!」



おいおいおい、それは反則だろ。レッドカードだろ。アウトだろ。いきなり何だよ。あれか、あれなのか、ツンデレ?…おい、俺、何普通にちょっと勃ってんだ。反応すんなよ。力は制御するのに苦労させるくせに、変なところ素直じゃねぇか、俺。俺は情けなくも勃っちまったそれがスウェットのズボンを押し上げてテントを張る前に、名無しから離れてトイレに駆け込んだ。



「ン……ッ、」



頭の中の名無しが俺を誘う。あの初めて抱いた夜を思い出して、一心に自身を扱いた。絞るように手を動かし、先端をたまに指先で擦って。名無しの絡み付く様などろどろのまんこを思い出して、次の瞬間には便器に白いそれが散っていた。何とも情けない。でも情けないのはこの自慰行為じゃない。折角結ばれたっつーのに、名無しを未だに抱けて無いって俺が一番情けねぇ。名無しがもし、流産をまだ深いトラウマで抱えてたら?名無しが怖がったらどうする?止められなかったら?それこそ強姦じゃねぇかよ。名無しが良いと思えるまで、俺は待つ。そう決めた、のに。名無しの一挙一動に反応して、こうやって妄想で犯して。…最低だ、俺は。



「…静雄、あたしやっぱりバイトとかする。いつまでもこういうの良くないと思う」

「何言ってんだよ。お前は家から出なくて良いんだ、何か欲しいなら買ってやる」

「…お金無いくせに」

「……貯めて、買ってやる」



名無しの作った朝御飯を食べながらここ最近同じようなこんな会話をしている。唇を尖らせて拗ねている名無しも可愛いけど、これだけは譲らないことの1つだった。因みにもう1つは禁煙。名無しは俺の匂いが好きだとか何とか言いつつも俺に禁煙を推してくる。今更ながら真っ黒な肺から煙草を取り上げたくらいじゃどうにもならない。というのが俺の持論で、健康を考えてくれている名無しには申し訳ないが致し方ない。身体がニコチンを欲するのには勝てねぇんだ。

食べ終わった食器を片付けるのが俺の唯一の家事。あ、布団を干したりする重労働も俺だ。黄色いスポンジに洗剤を少し染み込ませて、水の出しっぱなしに気をつけながら二人分の少ない食器を片付けていく。お揃いで買ったマグカップもきちんと洗う。水切り桶に入れると向かい合ったミッキーとミニーが幸せそうに笑ってキスをした。

不意にスルリと腰に腕が回った。名無しのいつもの癖だ。前に、俺の背中を見ると額を思い切りぶつけたい衝動に駆られると言っていたのを思い出す。名無しが俺に抱き付きたくて仕方ないと言っている気がして、小さく笑った。とにかく、毎日少しずつ、こうやって愛は増えていった。



「…静雄、」

「分かってる、ほら…」



振り返って、名無しの頭を抱えるように抱き締めてやる。苦しそうにしながらもクスクス笑いながら名無しは喜ぶ。あぁ、愛してる。そう素直に思えて仕方なくて、俺はまた下半身がきゅんと切なくなるような興奮を感じながらも仕事に行く時間まで名無しを堪能して過ごした。









静雄は、あたしを抱かない。

抱きたくない訳じゃないのは分かってる。朝からトイレで無意識なのかあたしの名前を時折呼びながら抜いてるし。彼の中でまだ抱けない理由があるんだなって、思った。けれど、彼氏が自分をオカズにしながら独りエッチに励んでいるのを知ったら、そりゃ切なくなるし複雑な気分になるのが彼女ってものだろう。静雄のペニスがオナニーのし過ぎでひん曲がってしまったらどうしよう。

…情けないけど、ちょっと可愛いかも知れない。

じゃなくて、そんなのはマズい。もし静雄がこれからあたし以外の女を抱く時があったとして(それは嫌だけど、永遠なんて無いから)、イケメンなのにオナニー癖出来てるなんて…女の子はきっと気にするに違いない。あぁ、心配。どうしたら良いんだろうか。せめてあたしが舐めてあげたりできれば良いんだけれど。静雄、とにかくきちんと便器の中に出してくれ。便座カバーに付いてる時あるからさ。

もふもふ、もふもふもふ

そんな効果音が聞こえてきそうなくらい、幸せそうに口の中の朝ご飯を食べながら洗い物を始める静雄。後ろからギュッと抱き付いてみる。まだ煙草を吸っていないからか、“古着屋さんの匂い!”なんて謳い文句の柔軟剤の匂いが広がった。この柔軟剤はもう止めよう。静雄のあの汗臭いような良い匂いが感じられない。染み付いたニコチンも感じられないから。

名前を呼べば振り返って抱き締められる。息苦しい。でも見た目より厚い胸板と逞しくも細い腕にがっちりホールドされたら、幸せが溢れて。大好きだなぁ、そんな今まで考えたことの無いような柔らかい感情に包まれながら、静雄が仕事に行くその時までを過ごした。

貴方の彼女は朝から、セックスレスです。

そんなことを心の中で呟いて。




















名無しがだんだん普通の女になってて、静雄がだんだん壊れてるのは、そうしたかったからです。

大変だったから、たまにはほのぼのさせてあげたくて。

まぁ、簡単に幸せになんかなれませんよーという。


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