「だからって、誘拐してどうするんです」

「だよねぇ、そりゃあ勘違いしちゃうよなぁ」

「説明してあげなさい」



目が覚めると、何処だか分からない事務所みたいな部屋のソファーに居た。正確には赤林さんの膝の上でまるで子供を抱き締めるみたいに抱かれていて、顔を上げると至近距離に赤林さんの顔があってちょっとびっくりしてしまった。

「「名無し」」との妙にハモッた声に上半身を振り返って声の主を見ると、怒りにわなわな震えている平和島静雄と怖い笑顔の情報屋が居て。二人が一緒にいて大丈夫だなんて、世界はちょっとあたしがうたた寝していた間にだいぶ変わってしまったんだ。でも、すぐに実際は何も変わっていなくて、此処が粟楠会の事務所なんだなと分かった。切れ長の目の爬虫類みたいな印象の人、赤林さんとはまた違うがっしりした体格の人、堅気じゃない雰囲気満載だし、そもそも赤林さんがあたしを抱き締めてソファーに座ってるんだから、うん、事務所じゃなくても粟楠会メンバーだ。

爬虫類の人はシキノダンナと言う名前で、がっしりの人はアオオニと言うらしい。シキノダンナって名前凄いなぁ…なんて思ってたらちょっとだけシキノダンナに頭を撫でられた。それから冒頭の会話を赤林さんとシキノダンナはした訳である。



「名無しをどうする気だ」

「ほら、誘拐犯と思われてますよ。ロリコンおじさん」

「いやぁ、参った!というかロリコンって。四木の旦那が冗談を言うなんて」

「おい」

「冗談じゃありません」

「え、それ、」

「あの!…具体的な説明を願えます?一応耳に入っていますが、範囲では確信出来ないので」



あたしは赤林さん(もう呼び方面倒だから赤林さんでいいや)の隣に座らせられて、シキノダンナが入れてくれた紅茶を飲みながら愛しい平和島静雄中心に会話を眺めていた。あたしはまるで関係ないみたいな風に進んでいるけど、この話の中心はあたしじゃないのか?…というより、全然平和島静雄がこっちを見てくれない。これは一大事だ。



「つまり、名無しちゃんは実はおいちゃんの娘って事さね」

「それ、実証出来るんですか?」

「名無しちゃんのお母さんから大きな時…学校入ったとか、そういうの。そんな時は写真と手紙が届いた、要するに母親がおいちゃんの子供って認めてる。隠してたけどねぇ。ほら、手紙」

「「…………これ、貰えませんか」」

「…君達は何しに来たんですか」

「ハッハッハッ。おいちゃんの大事な物、見せただけでも感謝してもらわないと。とにかく全部を引っ括めて、………名無しは渡さねぇからとっとと失せろ糞餓鬼共」



紅茶のカップを持っている手が震える。赤林さんは普段から飄々としていて、堅気じゃない雰囲気はムンムンだけれども割りと優しい人だと感じていた。それがあたしだけに対してか否かは分からないけれど。だから、ドスの効いたこんな声は初めて聞いた訳で。別人が喋ったんじゃないかと思ったぐらいだった。

あたしは咄嗟にカップをテーブルに置いて立ち上がり、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座っている平和島静雄に近寄って、そのまま抱き付いた。しがみ付いた、と言うべきかも知れない。周りが一瞬で顔色の変わる音がした…そんな気がした。



「名無し……?」

「もう、帰りたい」

「あぁ…帰ろう」



良かった、平和島静雄がちゃんと見てくれた。あたしを。あたしを嫌いになったんじゃないんだな。帰ろう、なんて…嬉しいよ静雄。



「駄目、駄目。言うこと聞かない子は嫌いさね、名無し。名無しが大好きな静雄君を、おいちゃんが殺さないといけなくなる」

「「!」」



柔らかい何かに包まれてホッとしたのも束の間、あたしと静雄は身を強張らせた。殺さないといけなくなる。そう、彼は池袋最強とまで呼ばれる平和島静雄を、殺せると、言い放ったのだ。あたしは、すうっと背筋に冷たいモノが走って、しがみ付いていた手を咄嗟に離してしまった。だらりとした行き場の無い身体を、暖かい平和島静雄の身体に預けるか、否か。悩んでいる暇は無い気がする。だって、あたしが平和島静雄を選んだら赤林さんはきっと彼を……。そんなの、嫌だ。あたしは迷わずに平和島静雄から離れようと立ち上がった。

ガシッ ギュッ



「…たった今、決めました。迎えに来た、奪いに来た、そんなの…違うよな。俺はあんたに認めてもらいたい。あんたが名無しの父親なら、それが、俺と名無しが付き合うのを認めてもらいたい」



離れた、つもりだった。けれどそれは平和島静雄の腕に掴まれてあっという間に抱き締められて、出来なかった。でも、本当はこれで嬉しかったんだ。あたしは震える身体をやっと彼に預けた。途端に情報屋があたしの腕を掴んで口を開く。



「ちょっ、…シズちゃん何言ってるのさ。赤林さんは渡すつもりなんて無いに決まってるじゃないか!」

「うるせぇ、蟲は黙れ。お前も、スゲーイラつくけどよ…名無しが欲しいなら、持ち前のムカつく饒舌で何とかしろよ!俺にいつも歯向かってくんだからよぉ!」

「!……まさかシズちゃんに言われるとはねぇ。でもそれは本当だ。俺も名無しが欲しい。シズちゃんから奪うのは簡単だけど、赤林さん相手はちょっと厄介だ。だけど…それでも欲しい」

「あたしは静雄がいい」

「ちょっ、名無し?俺が今格好良く決めてるのに話折らないでよ」

「俺は名無しじゃないとダメだ」

「シズちゃんも黙ってよ!」

「だから、俺じゃなくてこいつらに歯向かえよ!」

「名無しがあまりにもシズちゃんシズちゃんだから、ちょっと言いたかったんだよ!」

「……………若いですねぇ」



情報屋に手を握られる、平和島静雄に身体を羽交い締めにされる。二人が口論する。あぁ、なんて心地いいんだろう。あたし、ずっとこうやってたい。誰かに愛されるって、こんなにあったかいモノだったんだ。お父さん、愛は絶望だと今でも思うよ。だけどそれ、落ちるからって意味だと思う。どうしようもなく相手に落ちてしまうから、でしょう?



「!」

「な、何笑ってるの?名無し」

「フフッ、だって、二人が口論なんて初めてだから。それにシキノダンナが若いねぇって。あと、赤林さんも…笑ってるから」

「「「「!」」」」

「赤林さん、ううん…お父さん?あたし、静雄が大好きなんだ。それからお父さんも、ちょっとだけ情報屋も。あたし、変われる気がするんだ…静雄と一緒なら。静雄と一緒なら、愛が絶望でも痛くても、全部全部…あったかいなって思えるんだ」















会話ばかりで申し訳ないっ

そろそろ…終わるかな

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