彼女は、聞くところによると彼の子を身籠っていたらしい。でも彼が彼女のところへ行ったその直後に、その命はパッ…と残酷にも消えてしまった。

ザマアミロって思ってしまったのが、正直なところ。

私は煙草臭い事務所にあるこれまた煙草臭いソファーに座って、ぼんやりと先ほどドレッド頭の上司から教えられた事実の言葉の数々を一つ一つ噛みしめていた。私は…父親に真っ直ぐな愛を受けなかったせいか、知識と経験とセンスで上手く生きてきたつもりだ。でも私の中に足りなかった何かを、愛を、教えてくれたのは紛れもなくヘイワジマシズオだった。日本だと目立って仕方ないブロンドの髪を黒く染めようとしたら「そのままが、お前らしいんだから…やめとけ」なんて照れながら言ってくれたのが懐かしい。段々と現れてはぶつけられる彼からの愛は、ぐちゃぐちゃな契約と裏切りの中に確かにあった。私の気持ちは複雑に変化して、彼が好きなのだと行き着いた。だから彼女に彼を渡したくなくて、情報屋のそれに乗ったのだ。

歪んでいる彼女なんかより、私は彼を幸せにしてあげられる。彼が欲しがる真っ直ぐで普通の愛をあげられる。

そう、思っていた。

けれど彼が選んだのはあれ程までに愛し合った筈の自分じゃなくて、彼女だった。歪で、可愛くもなく、頭も良くない。強くもなくて、センスも無い。彼が好きなこの輝くプラチナブロンドの髪の毛も、キラキラ光るブルーの目も無い。そんな彼女を、彼は選んだ。彼女を独りぼっちには出来ないと彼は最後、私に泣きつくように言っていた。私が独りになることは全く気にしないで。

嗚呼、思えば……ドラマや小説・一般論からして、彼はとても不器用で純粋な人だったと思う。彼は甘い言葉の一つも上手に言えなくて、自分を誰よりも怖がっていて、特徴的な見た目と低い声に反して実は可愛らしい一面も持っている人だった。セックスだって拙い愛撫からの荒々しい突き上げで、獣の交尾と何ら変わらない。でも確かに愛があった。小説で読んだような、ドラマや映画で観たような…愛。

私は彼を確かに愛してる。彼は私を確かに愛していた。もう何も戻ってくることも生まれることも無い。私は誰も恨んでなどいなかったけれど、でも、……

紫煙なのか、はたまた窓から入ってくる池袋の薄汚い外気か、私は静かにきらりと光るそれを零すタイミングが掴めなかった。




♂♀




彼女は本当に歪んでいた。

それが彼女自身の望んだ結果なのかと聞かれたら、それは何とも言えないだろう。彼女は少なからず愛されていると感じ、愛を絶望だと解釈し、またそれを幸せだと感じていた過去。そして今、得られた幸せを彼女は幸せと理解出来るのだろうか。彼女は愛を、本当の愛を素直に欲することが出来るのだろうか。彼女のことを思うと、何故だかいつものブラックコーヒーがとても苦く感じられた。



“君と俺は似た者同士かも知れないねぇ”

“…じゃあ、寂しいってこと?”

“はっ?…寂し、い?”

“今、セックスしたら寂しく無いのか。今、キスしたら寂しく無いのか。今、殴られたら寂しく無いのか。今、蹴られたら寂しく無いのか。今、愛してると言われたら寂しく無いの、か…”

“…俺、”

“イザヤ、愛が怖いよ、”

“俺の?”

“全部の愛が、怖い”

“愛してるよ”



彼女が俺をイザヤと呼んだのは過去にも未来にもこれが最後だった。あの日の俺たちはお互いの穴を埋め合わせようと必死にセックスをした。子づくりに必死なライオンもびっくりなくらいだっただろう。舌を伸ばして探って、目で見つめて探って、手で触って最後、俺は彼女が知りたくて必死になった。彼女が涙を零して怖がるから、俺も泣いている彼女を怖がりながら求めた。

あの時…点けっ放しのパソコンから流れて来たのは、力強いけど壊れてしまいそうに脆い男の声の曲で、必死に愛を叫んでいるのが特徴的だった。その曲の途中、彼女の嬌声に被って聞こえたのは…ふわふわした声の女のワンフレーズ。彼女の白くて痣だらけの身体が愛しくて、とても愛しくて、俺はペニスを必死に彼女の奥に打ち付けながら頭に歌と彼女を染み付けた。

俺は彼女を愛している。
彼女は俺を愛さなかった。

それを零すタイミングが掴めなかった。



〔 星降る青い夜さ
どうか どうか声を聞かせて
この街をとびだそうか
つよく つよく抱きしめたい 〕

〔 わたしはまぼろしなの
あなたの夢の中にいるの
触れれば消えてしまうの
それでもわたしを抱きしめてほしいの 〕

〔 つよく つよく つよく 〕


















大好きな歌なんです
気になったら聞いてみて下さい





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