今までずっと、あたしは何をしていたんだろう。平和島静雄を絶望させて、結局どうしたかったのかも分からなくなっていた。もう、愛って何だろうとまで考える様になって来た。絶望こそが愛だと、無意味にも振るわれる力こそが愛だと、そう思って生きて来たのに。何の為に毎日毎日毎日頑張っていたのか、分からなくて。あたしは独りだ、そう改めて思い知る度に涙が…火の点いた様に泣く子供みたいに、止まらなくなった。

ずっと機械的に涙を流しているから身体はやがて渇いてしまう。乾いた身体を潤す為に、自宅から歩いて2分のところにあるコンビニで缶チューハイと水とお惣菜を買う、そんな日々をあれから過ごした。暗い6畳間で独り、無音のままのテレビを眺めながら買って来たそれを無意識に身体に入れた。キラキラしたアイシャドウの乗るぱっちりな目、身体は細くて、唇が艶々な女の子がテレビの中で笑っている時、あたしは自分がもう少し可愛かったら平和島静雄はあの夜の様に笑ってくれていたかも知れないと小さく嘲笑った。あたしを優しく抱いたあの夜の様に、独りにしないと擦れた声で何度も囁いてくれていたかも知れない、と。そんな女の子な考えをしながら、味の分からないお惣菜を口に機械的に入れた。そう、毎日をそうやって過ごした。



“……名無し、お前”

“ごめんなさい。でも、ハッピーエンドだから良いでしょうっ?良かったな、化け物なのに愛されたじゃないかっ”

“名無しっ!”

“……いつから、あたしは間違ってたんだ…?愛って、何なんだ、”



あたしの世界の中で、真っ黒に青空が滲んだ世界の中で、平和島静雄ただ一人が、…光って見えていた。父さんがあの女に殺されて、あの女も死んで、あたしは毎日が怖くて堪らなかった。―誰を愛したら良い?誰を憎んだら良い?あたしは、独り?―ぐちゃぐちゃな暗闇の中で彼に出会った瞬間、彼はあたしの全てになった。

平和島静雄に、笑い掛けられるのが、「名無し」と名前を呼ばれるのが、頭をがしがしと乱暴だけど優しく撫でられるのが、見つめられるのが、それがただ幸せだったのに。だけど父さんの吐息があたしの中でまだ聞こえて、父さんが絶望こそが愛なんだと怒ってる気がして、そんな幸せを振り払うように自分で重い蓋をした。幸せが分からなくなった。平和島静雄が苦しんだらそれが幸せ、なんて歪んでしまった。本当は、……ハッピーエンドが分からない。でも少なくとも、あの平和島静雄の顔を見た時に思い知ったんだ。絶望は、愛じゃない。本当の愛をあたしは知らない。でも彼は愛を知っている。彼は幸せを知っている。ハッピーエンドを壊そうとしたあたしは、悪い奴だ。平和島静雄は、幸せになるべきなんだ。って。

平和島静雄、あたしはあんたを一度だって化け物だなんて思ったことは無いよ。いつだって、どんな形だってあたしは、平和島静雄に振り向いて欲しくて必死だったんだ。あんただけはあたしを独りにしないで、ちゃんと見てくれるから。なのに…沢山酷いことしてごめん。直接謝る勇気も無くて、ごめんね。本当に、ありがとう。平和島静雄がハッピーエンドになりますように。

ぐらり、と視界が揺らぐ。

頭の中でキーンと金属音が鳴り響いて、お腹が凄く痛くなった。

遠くでインターホンが鳴り響く。玄関のドアがガチャガチャと音を立てる。誰が来たのかな、早く出ないといけないのに。あたしは段々と動けなくなって、身体を支え切れずに畳の上に倒れた。

何だか下着がぬるりと濡れている気がして、震える手で触ってみると…べったりと付いたのは赤、それに生臭いような臭い。

痛みに耐えられなくて、意識が途切れていく中で、光が見えた気がする。あぁ、あたしの全て。ハッピーエンドになれなかったの?…ごめんね、本当にごめんなさい。あなたには幸せになって、欲しい、の、に。









「名無し…?」



暫くして気が付くと、あたしは真っ白なところにいた。名前を呼ばれて、足下に視線を向けると小さいあたしがいた。小さいあたしは酷い痣だらけ。それに足の間から赤い血を垂らし乾いているのか、かぴかぴになっていた。それに混ざるは精液。とても白いとは言えなくて、濃いそれは青臭かった。

小さいあたしは、あたしにギュッと抱き付いてはらはらと泣き出した。震える小さい身体をあたしは屈んでゆっくりと抱き締めてあげる。小さい子特有の暖かい匂いがしないで、代わりに青臭くて生臭くて…汗の匂いもした。小さいあたしは本当に哀しそうに涙をたくさん零しながら、口を開く。



「名無し、愛って何…?」

「父さんからの絶望、だ」

「じゃあどうしてこんなに苦しいの…?」

「愛されているから、」

「本当に…?」

「……分から、ない」

「苦しいの…?」

「ど、うし…て…?」

「泣かないで、名無し」

「…怖い、よ」

「大丈夫、もう誰も名無しに痛いことしないから。太陽みたいなあの人に、ちゃんと気持ち伝えるんだよ?絶対…独りになんか、ならないから」

「名無し……」

「わたし、また名無しに逢いたい。ハッピーエンドの時に、逢いたいな」

「何、言って、…誰、あんた…」

「……早く、逢いたかった」



よく見たら小さいあたしには痣も血も精液も無くて、もっとよく見たらあたしじゃなかった。茶色い瞳がくりくりとこっちを見ていて、色素の薄い長い髪…不自然なくらい長い前髪は可愛らしい花のピンで留めてあった。小さいくせにびっくりするくらい大人のように儚く笑うと、そのまま星みたいに光ってから散らばって消えた。何となく、小さいあの子をもっと抱き締めてあげたかったと思った。また、あたしもあんたに逢いたいよ。ありがとう。
















泣きかけた

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