ハッピーエンド、って何だ。

俺はここ1ヶ月、ずっとハッピーエンドについて考えていた。才能の無い物書きが大した話すら書けてないのに最後ばかりに気を取られているみたいに、考えて考えて考えて考えて考えて考えて、結局何も分かってねぇまま。

ソファーに座る俺の足元に猫みたいに絡まって座る金色に、今までは簡単に手を伸ばして抱き上げて、常人より形の良い(ぶっちゃけ、あんま他は触ってねーから分からねぇが)乳でも揉んで盛ってた。そんな気になれなくなったのは、何でだ。考えるなんてのに向いてねぇ俺の脳が理性で詰まりに詰まってるからで、それを手を伸ばさない理由にしてきたが…やっぱり無理がある。

いつも目の前に、最後に見た名無しの泣きっ面がちらつく。

いや、実際は泣いてたかどうかよく分かんねぇ。ただ何か、名無しはあの時スゲー小さかった気がする。成人を間近にする10代らしさが現れた、小さな女の子だった。あいつはあの後、ノミ蟲の野郎と喋ることもねぇままふらりと自宅に帰って行った。小さな背中がスゲー寂しそうだったのを今でも鮮明に思い出せる。あいつ、あんなに小さかったか?…そんな風に思っちまうくらい。

“…まぁ、名無しちゃんの言う通りハッピーエンドだ。シズちゃんは愛しのヴァローナちゃんを手に入れられたんだからねぇ!”

ノミ蟲の高笑いが脳内に響く。俺は苛立って、ヴァローナが居るのも気にせずに立ち上がると数歩歩いてキッチンに向かい迷わずシンクの縁を握った。銀色がグニャリと手の形に変形する。ヴァローナが後ろでびっくりしてるような声をあげたが、俺はそれさえも気にせずに「クソッ」と餓鬼臭ぇ悪態を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。

なぁ、名無し。手前は俺のこの怪力を愛だって言ったよな。正直今だって手前の考えてることはノミ蟲並みに分かんねぇ。けど…初めて逢ってそれから毎日愛だとか絶望だとかほざくお前に、俺は確かに思ってたんだぜ?

お前は俺が怖いんだな、って。
俺の力が怖いんじゃねーか、って。

だから、余計ウザくて仕方なかった。手前が愛だとか言ってんのは嘘っぱちだって思ってたからな。けど名無し、今は分かるんだよ。ハッピーエンドを考えて考えて考えて考えて考えて、結局何も見つけられないままの俺の、俺なりの完結。名無し、手前は………



「ヴァローナ、俺は…お前に沢山色んなモノを教えてもらった。化け物な俺を愛してくれる奴がいるってスゲー嬉しくて、お前に触れる度に嬉しさで泣きたくなる程だった。愛してた」

「……静雄?愛してた、日本語では過去形。意味の理解不明で、」

「お前を愛して愛して、その分だけ俺はあいつ…名無しを、傷つけた。ずっと助けて欲しいって叫んでたあいつを無視した。目先のハッピーエンドに囚われてたんだ。俺は馬鹿で化け物で無神経だ。都合の良いこと言って今だって逃げて、」

「静雄、私の恋人。名無しを加護する理由、理解不能です。名無しは静雄の絶望を願望、今は計画抹消で幸福と推測ですっ!幸福ですっ!」

「…殴って良い。好きなだけやれ。でも俺は…お前をもう愛せない。名無しを大丈夫だって言って抱き締めてやりてぇ。俺はずっと孤独だったから、あいつが今独りでいるの想像しただけで吐きそうに辛ぇ」

「Правда глаза колет.....」

「?」

「平和島静雄、嫌悪も標的も違う対象に変更。これよりは無視。帰還します」

「…ヴァ、ローナ」



一瞬、泣きそうな顔をしたヴァローナは俺が付き合ってから買ってやった安物だけどスゲー大事にしてくれてた小さく花が付いた指輪をゴミ箱に投げ捨てて、家から出ていった。

訳分かんねぇ理由並べて名無しを選んだ自分を、ヴァローナは罵ることもしないで…それが今の俺には救いであり、一番の痛みを受ける攻撃だった。終わってしまった関係を表すようにゴミ箱で小さい花が光っている。名無しを選んだことが正しいかも分かんねぇで、ヴァローナを傷つけて、でも自分の中では確かにモヤモヤしていた気持ちは晴れていて。ハッピーエンドに思えない展開が、俺には冷めたお湯に浸かっているような…そんな柔らかい心地好さを感じる瞬間になった。

さようなら、愛した金色の妖精。

さようなら、渇望した幸せ。

待ってろよ、名無し。

俺は手持ちぶさたで火を点けた煙草を、3分の1吸ったぐらいで灰皿に押し付けた。甘ったるい味が口に、鼻に、抜ける。いつものバーテン服に着替えると、幽に言われた言葉が沢山蘇って来る。仕事を変えないように、か。幽、仕事はコロコロ変わっちまうけどよ…トムさんにお世話になってんだ、今回は絶対変えねぇ。それに女も、気持ちも、これからは絶対変えねぇから、駄目な兄貴を許してくれ。パリッとしたワイシャツもベストもズボンも洗濯したせいで今ではすっかり柔らかくなっていて、俺のふざけた性格にピッタリな気がした。

洗面所で根本に地毛が現れて来た髪の毛を手で軽く調えて、トムさんに男の色気を教わった時に勢いで買った香水を気持ちだけ付ける。これ、結構気に入ってんだ。身が締まる。トムさんみたいに格好良くいかねぇし…ノミ蟲みたいに上手く立ち回る頭もねぇ。けど俺は決めたぜ。



「名無し…今そっから、出してやるからな」






















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Правда глаза колет.(真実は目に痛い。)

現実を直視するのは辛いことだって意味のロシア語のことわざです。

原作でヴァローナが静雄ラブ全開な気がしておろおろしている私ですが、この話の静雄は名無しちゃんと結ばれます(多分)

折原と帰らせなかったのは単に折原に良い思いさせたくないからです←


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