車に揺られて暫く、辿り着いたのはそれなりに高そうなマンションだった。あーぁ、あたしこの赤鬼さんに食べられちゃうんだ。優しいし、体力無いとか言ってたけど見るからにヤバい人だからきっと飽きたらバラバラにされて売られちゃったりするんだ。だったらもっと平和島静雄を見とけば良かった。まだ、あれだって終わって無いのにな。
泣き疲れてボーッとする頭で何か色々考えたけれど、結局それは自暴自棄ってやつだから…逝き着く先は死以外なかった。平和島静雄、あんたはあたしが死んでもきっと痛くも痒くも無いんだろうね。あぁ、あたし…絶望が欲しいのに何でだろう、ちょっとだけ寂しいとか分かった気がするよ。
「お、ちょっと落ち着いたか?…ほら、暖めようねぇ」
マンションの一室。あたしは赤鬼さんに車からずっと抱き上げられたままで、部屋に入るなり革張りの真っ赤なソファーに座らせられた。ソファーの脇にある小さなテーブルには黒いワインボトルが沢山転がっていて。あたしはコンクリート打ちっぱなしの床を眺めた。端にある黒っぽい染みは、きっと…。
いきなり目の前が暗くなって、熱くも温くも無い濡れタオルを目元に押し付けられたのだと分かった。じんわりと広がる温かさに意識がはっきりとしてくる。気持ち良い。
「…全部、真っ赤」
「ん?…ハハハッ、いつの間にかさね。おいちゃんくらいの歳になると馬鹿みたいに派手にしたくなる」
「へぇ。それで……あたし、いつバラバラにされますか?」
タオルの向こうで赤鬼さんがまたけらけらと笑う。何を言いだすかと思えば、といった感じで笑う。あたしは本気で聞いたのになとちょっと唇を尖らせた。
ちゅ、
何とも可愛らしい音、かさついた唇があたしのそれに触れた。
「今のキスは何ですか…?」
「名無しちゃんがあまりにも可愛かったから」
「可愛かった、って?」
「おいちゃんの母性本能が疼いたんさ」
母性本能って何だよ、って思った。あたしもよく人に何考えてるか分からないと言われるけど、彼はあたしからしたらもっと分からない人だ。キスされたからてっきりセックスするんだ、と思ったのに彼は何もしないで愛娘とかペットを撫でるみたいにあたしの頭を撫でた。
温かい手に、目の前が揺らぐ。
金が、黒が、白が、揺らぐ。
「……へ、い…わじま、」
「そうだ、名無しちゃんは平和島静雄が欲しいんさね。ちゃんと知れば、繋がるだろう?」
「……なに、が?」
「“愛”さね」
彼はあたしの爪先に真っ赤なペディキュアを塗った。丹念に塗って、そのむせ返るようなシンナーの香りの中で爪先に噛み付いた。痛みに身体がびくついたけど…抵抗は不思議とする気になれなくて。それは王子様がシンデレラにガラスの靴を履かせるような可愛らしい姿じゃなくて…狼が赤頭巾ちゃんを食べる時みたいな、ぎらぎらした…、そう、一瞬で身体に赤い血が駆け巡った気がした。
「名無しちゃん、おいちゃんはねぇ…悪い人だ。絶望は愛だなんて考えてた君の父親なんか目じゃない。おいちゃんは名無しちゃんの恋を見守るつもりだ。
けどね、あんな若造にこんなに可愛い可愛い名無しを渡すつもりは無い。
知ってるかい?恋は下心で愛は真心。おいちゃんはずっと名無しちゃんに真心を捧げると決めた。愛は良いねぇ。
名無しちゃん、おいちゃんに初めて逢った時を覚えてるだろう?
忘れられない、あの真っ赤な真っ赤な日を、」
/
こんなつもりじゃなかったのにwwwwww