あの夜から1週間と4日。相変わらず平和島静雄の観察は怠らずに、時々話したりしたけど…何だか前以上に嫌われてる気がする。あの出来事は一切覚えていないとは思うのだが、嫌いというよりは無関心に扱われている気がする。もし覚えてたとしても…平和島静雄は情報屋みたいにズル賢い訳じゃないから、これが駆け引きとかじゃないのは確か。彼はただ真っ直ぐにあたしを見ない様に、居ないように振る舞うのだ。

別にだからどうとかいう問題じゃないのだが、何となく寂しさみたいなモノが溢れて、人間としていけない穴に足を踏み入れてしまった。

“神様掲示板”

ざっくばらんに言えば出会い系サイト。基本的に女の子がご飯を食べさせてくれる人や寝る場所を提供してくれる人を探すためにと掲示板に書き込みをする。あたしはネカフェでそれを広げて、書き込みをしていた。別に帰る家はあるし、ご飯食べるお金だってある。だけど何となく自暴自棄になって、適当に書き込みをしてから2時間後、あたしは神様に逢う。ぶっちゃけ不細工な神様でも何でも良いから、あたしの存在表明をして欲しかったのだ。あたしの名前を呼んで、あたしのご機嫌を取る為に二、三個甘い台詞を吐いて。平和島静雄が消そうとするあたしを、あぁ救い出してジーザス!



「名無しちゃん、かい?」

「貴方が…赤鬼さん?」



東口公園の入り口。あたしはそこで赤鬼というハンドルネームの男と待ち合わせをした。ゆらりと現れた男は体格が良く、派手なスーツに奇妙な杖を持っていた。濃い色のグラサンの奥は分からないが、30歳前半くらい?の所謂任侠系なおじさん。正直、そっち系の方は女には困らないイメージがあったけど…。彼がニコニコしながらあたしの手を引いて歩きだしてしまったので、この奇妙な赤い神様に従うことにした。



「嬉しいねぇ、おいちゃんとご飯食べてくれるんだろう?」

「はい、揚げ物以外なら大丈夫です」

「ハンバーグ、好きかい?おいちゃん今日はハンバーグな気分なんさね」

「ハンバーグ好きです」

「そうかい。じゃあ決まりだ」



従うって心に決めた筈だった。でも段々不安になる。なんて馬鹿なことをしたんだろう、こんな危ない人についていって。さっき直接逢ったばかりなのに、とか色々考えている反面で、何だか心が温かくなる空気があたしを包んでいた。彼はあたししか見ていない。少なからず好きをくれる。ちっちゃい好きを。

寂れた飲み屋路地を無視して、華やかな60階通りに出る。ゲームセンターの脇を入ってすぐの雑居ビルの2階。連れられてやっとたどり着いたのは、何とも可愛らしいこじんまりとしたハンバーグ屋だった。奥に並ぶカウンター席にはスーツ姿のサラリーマンがエビフライを齧っていた。エビの尻尾が口から出てる。おぞましい。

あたし達は左奥の壁に面した二人席に座った。メニューに書かれたハンバーグとそのオマケの数々。それにご飯がおかわり自由なんて、凄く良心的。あたしは赤鬼さんの勧めに従い、ハンバーグと唐揚げのセットを頼んだ。



「…さてと、話を聞くかねぇ」

「?」

「名無しちゃんの話。何かあるから書き込みしたんだろう?」

「あそこは皆、何かありますよ」

「でも名無しちゃんは違う。神様は初めてやったけど、名無しちゃんが何か抱えてるのは…おいちゃん十分、分かった」

「遠回しに口説いてます?」

「ストレートだねぇ」

「…ちょっとイライラしました」

「偽善者ぶって本当はただヤりたいだけだろうって?」

「はい」

「おいちゃんはハンバーグ食べる元気しかない。見ての通り堅気じゃないけどねぇ…もう火遊びはやめたんさね」



あたしのギリギリなラインの罵倒に、少し苦笑いしながら、運ばれてきた熱いハンバーグを切っていく赤鬼さん。肉汁が溢れ、ソースのかかるそれを赤鬼さんは美味しそうに頬張って、あたしに手でちょいちょいと勧めた。

あたしはちょっと躊躇いがちにハンバーグを一口食べた。何とも温かい味に僅かに頬が緩む。目の前にいる神様に懺悔しなきゃ。そんな風に思ったのは、胃に溜まる美味しいハンバーグと赤鬼さんの優しい眼差しの賜物だった。



「……あたし、意味の無いことしちゃったんです」



ありありと平和島静雄との夜の事が目の前に浮かんで、耳元にずっと残ってる擦れた声とか優しい愛撫を思い出した。涙が溢れた。ハンバーグを食べながら泣いてるなんて恥ずかしい。それに赤鬼さんにも迷惑がかかる。でも…やっと言葉に吐き出せたことにいっぱいいっぱいで、涙を止められなかった。



「…虚しい?」

「分かんな、い…っ」

「そーかい、そーかい」



赤鬼さんは凄く優しげに笑いながらあたしの頭を撫でた。ゆっくり。何故かお父さんを思い出した。お父さんはこんな風に撫でてくれたことがあっただろうか。



「ハンバーグ持ち帰りにするか。場所を変えようね、そんなぐちゃぐちゃじゃ恥ずかしいだろう?」



赤鬼さんは本格的に泣き出してしまったあたしの肩を抱いた。頭を胸元に押し付けるようにがっしりした手があたしを守ってくれて、あたしは残ったハンバーグを店員がパックに詰めてくれる様子をぼんやりと横目で見つめた。

それから、何処からか待機していたらしい黒塗りのベンツが滑るように走って来て、それに乗って池袋の街を離れた。車の中であたしは、この先に何か酷い事があっても構わないと思った。何となく血の匂いがする膝の上で、あたしは窓から見える夜のビル郡を見つめて、また涙を一つ溢した。







三○のハンバーグさん、好きなんですよねwww

続きます



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