「Natuki、…!」



ある昼下がり。俺はいつものように注文されたコーヒーやランチセットを客に差し出すという単純作業のバイトに精を出していた時、通りの角にある果物屋の奥さんであるアリアさんが血相を変えてカフェに入って来た。



「(ジーノ、がっ!)」



呑気に出迎えた自分とは裏腹に玉の汗を額から流すアリアの口から出た言葉は、俺をとても熱く、濃いエスプレッソの中に突き落とすようなそれだった。

“ジーノが買い物途中で、うちの店で倒れたんだよ!今、病院に運ばれた所さ!”

俺は店長のロッシに早退の旨を伝えるのもままならない儘に、エプロン姿で走りだしていた。真っ黄色の花柄エプロンでイタリアの街を全力疾走する自分はさぞや滑稽に見えたことだろう。でもそんな事より、今はジーノが心配で堪らなかった。心臓が千切れてしまうんじゃないかってぐらいに。

街の中心にある病院、俺はナースステーションで片言のイタリア語を話してジーノの居場所を突き止めると、病室にノックもせずに入った。眼鏡を掛けた日系の先生がびっくりした顔で俺を見たけど気にも止めずにベッドに横たわり眠っているジーノに駆け寄った。



「ジー、ノっ!」

「お知り合いの方ですか…?」

「先生、ジーノはっ?!」

「落ち着いて、ただの過労だよ。今…点滴を入れたばかりで眠っている所さ。それより…彼、何か無理してる事とか無かったかい?」

「か、…ろう……」



ジーノの白い肌が、一層白く見えた。ジーノは透明な栄養剤を針から摂取して、静かに眠っていた。安心した、と言えば嘘になるだろう。先生から告げられた言葉、よく考えてみなくても俺のせいだと分かる。杜撰な計画の果てにジーノが犠牲になったんだ。あの手紙の事件から、俺達は毎日を大切に生きる様になって、でも心は疲れてた。逃げているという負い目に擦り削られて、どんどんどんどん…。

病状を説明する先生の後ろではバケツをひっくり返したような雨が降り始めていた。俺は不安で仕方なくて、白く細いジーノの手をギュッと握り、キリシタンでも仏教徒でも何でもないのに、ひたすらに祈った。

最後のお願いだ、神様!

迷える俺らを見逃してくれよ。

この雨で、罪で、汚れた二人を
洗い流してくれよ。

なぁ、大切なジーノをもう離したくないんだ。

サヨナラなんて絶対言いたくねぇんだよ。







(大切な物を棄てた罪か?)







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悩んで悩んでます。
幸せにしようか、否か。

けど二人の為に次が最後。