『全てが片付いて、ほとぼりも冷めたら。そしたら、皆に逢いに行きます。けれども其れ迄は。

夏木、ジーノ』


可愛らしい小花や動物も、陽気な音楽や色も、何も無い。どこか無機質な真っ白の便箋にそう綴っては、これまた真っ白の封筒に入れて。二人でポストに投函した。宛先はETU。海を越えて、山を越えて、届いてくれますように。俺達の思いが。

ジーノは、あの出来事から目に見えて明るく振る舞う様になった。無理しているのではなくて、本当に毎日を楽しんでいる感じ。俺も努めて明るく振る舞った。高いワインを買って庭先で真っ昼間から飲んだり、バイトに明け暮れたり、サッカーを観に行ったり。観光地に行ったりもした。カプリ島は素晴らしかった。こうやって俺達は、いつかに控える陽のあたる場所へ、行こうとしているのだと思う。準備なんだ。

日本に帰って妻ときちんと話して、ETUの皆ともきちんと話し合いをする。でも、其れをするには俺の覚悟も、ジーノの覚悟もまだまだ。だからまだ逃げていたい。毎日を大切に過ごし始めて半年、ジーノが送ろうと言い出したので、そんな沢山の思いを短い文章に込めては、遠い日本へこんな手紙を送ったのだった。


「大丈夫だよ、ナッツ。まだまだ沢山時間はあるんだ。ゆっくりで良いんだよ。」

「…俺、情けねぇよ。結局何も、変えられてない…っ。」

「変わったよ。僕は少なからず、変わったと思う。パス出してあげても良いくらいにね。」


ポストに手紙を入れた帰り道、ちょっと高台にある公園に寄った。今日は生憎の曇天で、灰色の空の下に今までキラキラと輝いて見えた街並みが広がっていた。可愛らしい店先のパン屋、片言の日本語を話すオジサンの営む八百屋、俺が働くカフェに、ほぼ毎日通っている酒屋。何も変わってなんかいなかったんだ。ジーノは、情けなくも泣いてしまった俺を抱き締めながら変わったと言った。キスをして誤魔化してしまったけど、ジーノ…、成田空港から鉄の鳥に乗ったあの日から、何も変わってなんかいない。

俺が見た、もうすぐで雨が降りそうだった日本と、逃げきれた喜びでキラキラして見えた遠い地。結局は杜撰な計画でしかなかったんだ。





(今日は何をして過ごそうか)
(と二人は泣いた)







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