「ジーノ?」

「ナッ、…ツ…?」


遠くで犬がワンッと鳴いた。誰かの声を聞いた。ゆっくりと目を醒ましたら、目の前にはナッツが居て、どうやらあのショックから僕は眠ってしまっていたみたいだった。ナッツが凄く心配した様子なのは、泣き腫らしてしまった腫れぼったい僕の顔と、自分が隠して置いた筈の手紙のせいだろう。僕は小さく名前を呼びながら、そっと腕を伸ばして抱き付いた。不安な気持ちが少なからず和らいだ気がする。ナッツは何があったか分かってると言うように優しく僕の頭を撫でて、きつく抱き締め返してくれた。

どれくらいそうしていただろうか。不意にナッツは口を開いた。


「…ちゃんと、言えば良かったよな。」

「……いいよ、僕の為だろう?」


ナッツ、悲しい顔しないでよ。僕は君が笑った顔が好きなんだから。そう言ってナッツを見つめれば、ナッツは悲しげに笑いながら優しいなって言った。優しいのは何よりも君じゃないかと責めたくなる。こんなに辛い物を自分だけで抱え込んでいたなんてさ。僕は淋しいよ、君に頼りにされてないんだなって。


「…俺、ずっと言おうと思ってた。ジーノに、全部言おうと思ってたんだ。けど言えなかった。だって…こうやって泣くだろ?」


泣き顔は見たくなかった…なんて、この男は何故こんなにも僕に甘いんだ。何も言えなくなるじゃないか。

僕達はそれから手紙を持ってリビングにある暖炉に向かって、パチパチと燃える炎の中に一枚一枚を投げ入れた。皆が、思いが、灰になってしまうのを眺めていた僕達は、じっと息を殺して、気配を悟られないように抱き合った。

震えるナッツにキスをしてあげたら、ゆっくりと僕は絨毯の上に押し倒される。服の下に冷たい手が入って来たら、何だか凄く安心した。ナッツはしばらくの間、僕の身体を確かめるように愛撫すると、小さくごめんな、と呟いた。僕は大丈夫だよとナッツを抱き締めて、ナッツがしてくれたそれみたいにゆっくりと頭を撫でてあげた。

僕が辛い以上に、ナッツは辛いんだと思う。失うものが多過ぎた。だからこそ、あの時、僕の手を掴んで「ジーノを取り戻しに来た」と逃避行なんて大それた杜撰な計画に打って出たのだろう。ありがとうナッツ、守ってくれて。けど…これからは半分、僕に預けて。





(何処まで逃げれば、いい?)






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