月の果てまで逃げ切ってやる。君の細い手を引きずって。逃避行の果てに辿り着いた其処は、暗く、冷たい、絶望的な、それだった。


『貴方、
達海監督から全て教えて頂きました。イタリアの地は食べ物が美味しいと聞くけれど、体調は大丈夫ですか?貴方はお腹を壊しやすいから心配しています。

ごめんなさい。私はまだ、あの離婚届けにサインが出来ていません。

だって余りにも、惨めなんですもの。貴方と、ずっと三人で幸せに暮らしていけると思っていたのに。「パパは?」と聞かれる度に辛い私の気持ちなんて分からないんでしょうね。悲しいのに涙も出ないんだから。

心配して、ドリさんや村越さんや達海監督や後藤GMが家によく訪ねて来てくれます。皆、貴方の帰りを待っています。勿論、吉田さんの事も。

私は何も貴方を罵倒したい、連れ戻したい、そんな為に手紙を書いているのではありません。

もっと話し合いたかったと伝えて置きたいのです。でも残念ながら、私は物分かりの良い妻じゃないですからね、まだ貴方が帰って来てくれるんじゃないかとも考えてしまいます。

支離滅裂よね。ごめんなさい。けれど、逃げないで。私から。私は貴方を、愛しています。

心が、張り裂けそうってこの事ね。』


ナッツが仕事に行ってる間、僕は凄く暇だ。イタリア語をある程度喋れる様になった彼は、商品を渡す仕事がプラスになって、立派なカフェの従業員。故に朝から2時過ぎ迄、帰って来ない。ちょっと前までは色んなカタログとかを見て、ハマっている椅子集めに時間を割いていたけれど、やっぱり三ヶ月も経つとつまらなくなってしまう。それで最近になって始めたのが、ジグソーパズルだ。ブリューゲルのバベルの塔を、寝室のベッドの上でお気に入りのジャズをBGMに聞きながらちょっとづつ建設していく。バベルの塔を建てようとした民衆は滅ぼされたと聖書にあるけれど、僕は王子だから関係無いよね。パズルだしさ。

そんな自分にしては随分と間抜けな事を考えながらやっていたら、不意にトイレから帰って来た時にピースを数個、床に落としてしまった。やれやれとベッドの下に手を伸ばしてピースを拾い集める。

コツン

指先に無機物の何か箱みたいな物が当たる。それを手繰り寄せてみた。ワインを入れていた木箱で、中には沢山の、手紙が入って居た。

差出人は全て僕の知っている人達で、こんな物が来ているなんて知らなかった。多分ナッツが意図的に隠して居たのだろうね。僕は震える手で、一枚一枚手紙を読んでいった。

かつてボールを追いかけあった仲間からの手紙。友人からの手紙。そして、ナッツの奥さんの手紙。ナッツの奥さんの手紙を読みながら、僕はどうしたら良いか分からなくなってしまった。彼女の幸せを奪ったのは僕だ。ナッツの優しさに付け込んだ僕は、こんなにもナッツを思っている女性とその子供をナッツに捨てさせた。嗚呼、神様。まだバベルの塔は完成していないのに、あんまりじゃないか。この先、どうやってピースを嵌めれば良いんだい?

ナッツ、僕達は終わってしまうの?結末も知らないストーリーの上を歩かされている気分だ。続き教えてよ、ナッツ。月の果てまで、逃げ切るんだろう?月の果てで僕達は幸せになれるんだよね?ナッツ、怖いんだ。君の奥さんの言葉が突き刺さるんだ。心が、張り裂けそうになるって、辛いんだよ?僕は君が彼女を選んだ時に感じたからね、分かるんだ。

ナッツ、早く帰って来て。僕に愛してるって…言って。そしたらキスをしよう?明日は休みだよね、ずっと朝までセックスしよう?





(手を引いて、)
(逃げようって言って?)












/
ジーノ視点!
…何か幸せからどんどん遠ざかってしまうなorz