独特の浮遊感を感じると、鉄の鳥は飛び立った。鉄の鳥の腹に座る俺達は日本を飛び立ったのだ。一時間程の間、ずっと俺達は窓の外を眺めて、小さくなっていく街並みや、永遠に広がっているのではと錯覚する程の暗い海を目に焼き付けた。もしこの先この日本に帰る事があったなら、その時はこんなにどんよりとした景色ではなくて晴れていたら良いと、そんな事をぼんやり考えた。

そんな中で不意に俺の頭を過るのは、置き去りにしてきた嫁と娘の事。つい数時間前に、二人が寝ている時間を見計らった俺は最小限の荷物を纏めて、嫁さん宛ての手紙を書いた。ずっと左手の薬指に嵌められていたくすんだ銀色のリングと通帳と自分の所を書き込んだ届けを添えて。手紙を書いている時、何だか遺書でも書いている気分に苛まれた。まるで死刑囚が自分の犯した罪を悔やむ文書の様なそれを、嫁は受け取ってどう思うだろうか。娘に何と説明するのだろう。父親の不在の時を、父親の物が少ない殺風景な家を、父親を。産まれたての娘を抱いた時、涙が出る程喜んだのを覚えている。それだけの幸せを貪り、噛み締めて、味わっておきながら俺は何をやっているんだ。馬鹿野郎。

けれど、後戻りはしたくなかった。自分の幸せの為にと目を瞑り過ぎたことで、ジーノを沢山傷付けてしまった事に気付いたから。あの日、悲しげに顔を歪ませながら自分を求めたジーノを、振り払うなんて出来る訳がなかった。勿論、この逃避行でまた沢山の人を傷付けてしまうことになるだろう。けれども、愛してしまったから。サラサラと揺れる柔らかい髪も、整った顔立ちも、女性的でしなやかな身体も、強がるけど本当は酷く脆い所も、ジーノの全部を愛しているから。ジーノ、ジーノ…。

すると、手を握ったままだった彼が突然手を離しては持っていた小さな鞄から一枚の写真を取り出した。それはつい最近撮ったETUでの集合写真。赤崎の拗ねた様な横顔、椿の緊張しきっている顔、コシさんの相変わらず固く怖い顔。監督のヘラヘラとした顔に、ドリさんとクロとスギの肩を組み合って笑った顔、世良の一件を機にサクさんを慕っているらしく難しい顔をしたサクさんの隣であどけない笑みを浮かべている顔。皆が、笑ってる。俺も、ジーノも笑ってる。今でも思い返すんだ、ふっと。何も無い様で、確かに何かの上を全力で駆け抜ける様に過ごしたあの日々を。ピッチの芝の匂いも、受け継いだボールの重みも、仲間の声も。


「…懐かしいな、って感じるね。つい最近の事なのに。」

「あぁ、ほら…監督の隣で後藤さん嬉しそうだな!」

「こんなヘラヘラしてるだけの我が儘人間タッツミーの恋人なんて、よっぽどの包容力の持ち主だね。」

「それを言うなら俺もだろ。我が儘(仮)王子の恋人なんだから。」

「(仮)…?ナッツ、僕は王子だよ。間違えないで、(真)だよ。」

「いや、俺が(真)王子だろ!」

「あー…、モジャKY(真)王子だね?」

「違うって!」


イタリアへの長い長い時間をもて余していた俺達は、世界を置き去りにする様に沢山、くだらない昔話をして妙に懐かしいって笑い合った。そう、ちゃんと一つ一つを置いてくる様に。ETUも、家族も、まばゆい栄光のあの日々も。全部全部、鉄の鳥の燃料が燃やされて消えていくのと同じように捨ててしまった。これで良い。本当にこれで逃げて行ける。ジーノと俺の二人きり。





(ねぇ、ナッツ泣いてるよ)
(…気付いてる?)

(なぁ、ジーノ泣いてるぞ)
(…気付いてるのか?)












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2話目ーっ

考えて読む物に仕上げていこうと思います。

キャラの気持ちを自分で、もしこうなったら…こう思うなとかね!

ストーリーの流れでも言葉をあえてちゃんと書いてなかったりしてるので(生意気にも)、あれは…これか?とか色々考えてみて下さい!

感想とか聞かせて頂けると嬉しいし励みになりますので、掲示板やの方にどうぞ(´∀`)