月の果てまで、何処までも逃げ切ってやると決めた。逃げて逃げて、逃げて。


その結果が此れだった。彼の細い手を導いてやって来たのは、早朝の成田国際空港。遠い遠いヨーロッパの地へ向かう鉄の鳥に、乗るためだ。彼の故郷である遠い其処を選んでしまったのは、やっぱり途中であまりにも杜撰な計画であったと思い至ったからであり、いつも勝ち誇った様な顔をする彼が今回ばかりは不安な顔をしながら俺を見つめるからであった。もうこの手を離す訳にはいかない。杜撰な計画だが、俺にとっては取り戻す為の逃避行だ。そう、あの頃の俺とジーノを取り戻す為の逃避行。

早朝の成田国際空港の出発ロビーはビジネスマンで溢れていて、その隅に俺達は息を潜めて座った。一体何人が俺達の杜撰な逃避行に気付くだろう。iPhoneの上で忙しなく指を滑らせる人も居れば、皮の分厚い手帳を取り出して何語か分からないが携帯電話を片手に何かを必至に喋りながらメモをとる人。殆ど生えていないに等しい眉毛にアイブロウを入れてきりりと引き締まった顔を作っていく人、ホットコーヒー片手にまったりとしている人。あ、ホットコーヒーでも買えば良かったな。そんな中で、彼は俺の手をコートのポケットの中で握ったまま、小さなため息を吐いた。それはとても艶やかな姿で、幾度かベッドの中で見たそれに酷似していた。もう彼にこんな顔はさせてはいけないと決めながらも、俺は吸い込まれる様に唇へ口付けた。


「ちょっ…ナッツ!」

「ハハハッ、悪かったよ。」

「……そんな事してる雰囲気じゃないよ。いつも本当に空気読めないよね、ナッツは。」


敢えて空気を読みたくない時だってあるだろう。そう言って小さく笑いながら彼のサラサラな髪をゆっくりと梳くように撫で、俺は目の前に広がる光景を眺めた。曇天に歪む窓の外には緑色のランプを灯しながら何機ものジャンボジェット機が、足下をうろちょろしているちっぽけな人間によって右往左往されていた。今日の東京の天気は降水確率70%。もっとも、此処を東京と見なすか否かはまた別の話だけれども。だが、この空もやがて雨になるだろう。アスファルトの上でぐちゃぐちゃになってしまった雪だか泥だか良く分からない其れを洗い流す様に、ぐちゃぐちゃになって愛だか傷口だか良く分からない俺達の罪も、全然流してくれたらいい。


「なぁ、ジーノ。ラララララ、になった?…で始まる歌何だったけ。」

「音が曖昧過ぎてよく分からないよ、歌詞も曖昧だしね。」

「んー……何だっけかなぁ。」

「何なんだい、そんな事いきなり。」

「いや…何となく、な。」


"〜搭乗されるお客様は●●ゲートにお集まり下さい。Attention please…"

搭乗のアナウンスが流れる。俺はポケットの中で彼の手を握ったまま立ち上がっては、反対側のポケットからチケットを取り出してゲートへ向かった。握っている手が少し汗ばむ。ゲートを抜けると、脳裏に微かな女性の泣き声が響いた。俺は罪人なのだろうか。

俺の気持ちを知ってか、ジーノは優しく手を握り返してくる。それに救われてる自分が居た。





(嗚呼、彼は共犯者だった。)
(嗚呼、幸せが怖い。)











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ナツジノで連載やって行きます。頑張ります。

実はスネオヘアーさんの「共犯者」という曲を元に自分なりになんやかんやと妄想して書いて行こうと思っていまして、所々に歌詞が在るので探してみて下さい(´∀`)