生恋し心恋し | ナノ

「…お邪魔しまーす」

翌日、約束通りに老夫婦の呉服屋さんへ来て、がちゃりとお店の入口の扉を開けた。
あれ、なんだか高そうだそ、ここ。
目に付いたのは華やかな刺繍が入った着物たちに沢山の美しい飾りが目を引く簪などなど。
あれ私浮いてるよねコレ?ってレベルの商品たちに、早速怖じ気付いた。

「あら、もう来てくれてたのね!」

店の奥から出てくるおばあさん。
優しい笑顔が眩しいです。

「昨日はよく眠れたかしら」
「あ、はい、とっても!」

私は大きく頷いた。
どうやら、自分が思うより神経が図太かったらしくトリップして2日目にも関わらず快眠出来たおかけでなんだか調子がいい。
そういや、最初に真選組で目覚めた時も、かなりよく眠れてたなー、なんて。
朝はこれは私の特技発見じゃね?、なんぞと思ったが、特技がどこでも寝られるってなんだかどこぞのの〇太くんだなぁと気付いてしまったのでやっぱそれはナシで。

それから、このお店は「瀬田後屋」さんということ、おばあさんは文子さん、おじいさんは彰男さんという名前だと言う事を聞き、簡単に接客の仕方なんかを聞いた。

「そういえば、日向子ちゃん、着物は…?」
「…えと、持ってなくてですね…」

そうか、盲点だった、と私は頭を抱えた。
上手い言い訳が思い浮かばず、気付いたらなくなってたみたいな?なんて言うしか出来ず、文子さんの視線が痛い。
絶対怪しまれたよだって怪しいもん最初から怪しいし常に怪しかったもの私。
冷や汗がじんわり出る私に、文子さんはまァ、大変だったのね!と予想外の反応を見せてくれた。
え、まじか。
なんか、勘違いしてくれてありがとうございます。

「お着物、一着はないと困るでしょう?お店の中から好きなの選んで?」
「えええ、ありがとうございます!…お給料から引いてください」

私がそう言うと文子さんに、大変だったんでしょう?と言われ、お金は要らないわよ、とまで言ってもらえた。
お人好しすぎる…!
でもそれはなんだか申し訳なくて、やっぱりお給料から引いてもらうことにした。





「じゃあ明日からよろしくね」
「はい!」

頑張ります!と言い、私は意気揚々と店を出た。
腕には、着物が二着と和装に必要な小物が一式入ってる大きな袋を抱いてる。
一着はお店で働く時に着る用に借りた無地の着物。
もう一着と小物はお金を給料から差し引いてもらう分の普段用の着物だ。
お店自体が高級でなかなか悩んだが、その中で1番安い着物にした。
安いとは言っても元いた世界でみた着物より遥かに高いが、綺麗な茜色の着物でとても気に入っている。
やはり私も女の子だったんだな。どうにも気分が良い。

「明日から頑張ろうっ」

帰り道、鼻歌を歌いながらそんなことを呟き、私は上機嫌で帰路についた。
キラキラを照りつける太陽が、今日ばかりは背中を押してくれているように感じる。

かくして、この世界での私の生活は、やっとスタートを切るのである。



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