生恋し心恋し | ナノ

彼曰く。
"民間人から、アンタが昨日の夜遅くに道端に転がってるって連絡が来たんでィ"
"仮にも俺ァ警察だからねィ、放って置くわけにもいなねェから、屯所まで運ばせてもらいやした"
らしい。
ちなみに彼がここにいたのは、上司(多分土方さんあたりだろう)から帰るまで様子を見ておけ、と言われたからだと。

正直疑問は山の様にあり、自分自身でも整理しきれないほどなのだが、とりあえずここを早く離れたほうが良いのはよく分かった。
彼…沖田さんの顔を見ればよく分かる。
迷惑なのだろう。
当たり前だ、夜遅くに道端に人が転がってるなんて連絡を受け、そいつは全く起きずに終いには屯所まで運んで、帰るまで監視をさせられているというのだから。

「あの…ごめんなさい、ありがとうございました」

私は彼から直接言われる前に帰ろうと、立ち上がって頭を下げた。
彼は、帰るんならこれに名前と住所、書いてくだせェと言い、私は紙を渡される。
一応書く決まりなんで、と淡々と言う彼は、漫画やアニメで見るよりもずっと大人っぽくて普通の人だった。
まぁ、これが現実ってやつなんだろう。
私はそう思いながら、自分の名前を書く。
そして、住所と書かれた欄を見て、どうしようかな、と頭を捻らせた。
(まさか、あなた達が漫画になっている世界から来たなんて、言えるわけないもんなぁ)
困った私は、沖田さんにあの、と声を掛けた。
振り返ったその顔は無表情で、現実って怖いなぁと思った。

「住所、ないんですが…」
「…あ?アンタ、ホームレスですかィ?」
「いや、なんというか…」

しまった、なんて言うか考えてなかったと後悔しながら、私は少し間を置いたもののすぐに言葉を発する。

「昨日、江戸に出てきたばかりでして…」

よくまぁとっさに嘘が出てきたものだ。
そう言えば、じゃあ今日はこれから家探し?と尋ねられ、そうです、と答える。
実際そうなるだろうしなぁ。
沖田さんは分かった、といいメモ帳のような紙を懐から取り出し、ポケットからペンを出して何かをスラスラと書き、それを私に渡した。
受け取ったそれには、電話番号。

「屯所の電話番号ですぜ。住所決まったら連絡くだせェ」

めんどくせーけど、ちゃんと書かねぇとうるせぇのがいるからな、と沖田さんは溜息をついた。
私が今まで見てきた物語の沖田さんとは違い、真面目に仕事をこなすその姿に、私は性格の一部分を見ただけで彼を勝手に判断していたんだなぁ、となんだか悪いことをしたような気分になる。

「じゃあ、決まったら連絡しますね」
「お願いしまさァ…一応、電話で沖田総悟って名前を出せば、通じるようにしとくから」

最後にそう会話をして、私は屯所を後にした。
すると、急にお腹がぐるぐるするような気持ち悪さに襲われた。
原因はわかってる。"不安"だ。
漫画の世界に来てしまうなんて、どこの夢小説の話だよ、と我ながら馬鹿みたいだなと思った。
せめてよくある夢小説のように、出会ったらすぐに助けてくれて、一緒に住まわしてくれて、大切にしてもらうなんてありきたりで幸せな物語ならよかったのに。

(まずは家探しと仕事探しだなぁ)
何が悲しくて、夢みたいな漫画の世界で、現実にぶち当たらなきゃならないのかと、少しだけ自分の現状を恨めしく思った。



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