生恋し心恋し | ナノ

深い闇が空を覆う夜半、プルルルル、と携帯の着信音が鳴り、ベッドの片隅で振動したそれに私は心地よい布団の中で微睡みながら手を伸ばす。

「もしもし…」

眠りを妨げられた私は、こんな真夜中に誰なんだこんちくしょう、と覚めない頭で、相手が誰かも見ずに着信ボタンを押して眠気に気を取られどこか寝惚けた声を出した。
我ながら情けない声だ、とおもいながら相手の声を待つ。
どこか躊躇うような口振りで返ってきた声は、あまりにも予想外な人からの電話だった。

「…こんな夜遅くに電話して、すまねェ」

ボヤけた頭はその独特な口調と声を聞いた瞬間、弾けるように澄んでいく。
その人が彼であると、私は瞬間的に理解した。

「沖田さん、どうしたんですか」

彼が突然電話を掛けてくるなんて彼女のフリを頼まれた時以来だったというのもあるし、何より彼の第一声がいつもより低い声に感じて、沖田さんにとって重大な出来事が起きたのは明確で、また私はその理由を勝手に想像してしまって、胸の奥がじゅくじゅくと痛むようだった。
(きっと、いや絶対ミツバさんのことだ。実際に今はミツバ篇みたいだし、沖田さんのこの感じじゃ、多分…)

「…やっぱ、何でもないでさァ」

その声色から伝わるニュアンスで、きっと何でもなくない、というのは頭で分かっていたけど、私は沖田さんの考えに土足で立ち入れるほど親しい間柄でもないし、そう言われてしまえばどうすることも出来ずに訪れた沈黙に耐えるしかない。
お互い電話を切ることはしない、けれど無言の時ばかり過ぎて、何も言えない自分に苛立つばかりだった。

「…沖田さん」
「…なんでィ」
「…やっぱなんでもないです」
「ホームレス女の癖に随分生意気でィ」

嫌味を言われているのは分かったけど、どこか語尾が暗い彼から感じ取れる雰囲気に、私は何も言い返す気にはなれなかった。
それが、なんだかもどかしくて堪らない。
彼に何も言うことが出来ないこの関係性が、遠い距離が、もっと親しく近くあれば、何か伝えられたのかもしれないのに。
なんて、なんでこんなふうに思ってしまうんだろう、最初から私はどうせ何も出来ないだろうに、この漫画の世界をちょっと知ってるくらいで、自分が何かを変えることが出来る気になってるのだ。

「確かに、生意気ですよね、ごめんなさい…」
「…何、本当に謝ってるんでさァ。馬鹿だなぁアンタ」
「えっ」
「馬鹿と話してたら、なんかもうどうでもよくなってきやした。逆にありがてェ」

馬鹿らしくて元気出たんできりやす、という彼の声と同時に、ツーツーと聞こえる音が電話が切れたことを意味していて、あまりに突然なそれに私は少し遅れて、はっ?と声を出してしまう。
なんというか、流石沖田さんというべきなのか。
あまりにもゴーイングマイウェイな彼の言動、行動は漫画でよく知ってるつもりだったけど、実際に居るとやっぱり常人のレベルじゃないと感じる。
だがそんな自由奔放な彼であるが、真剣な部分もきちんと持ち合わせているために、どこか憎めない人なのだとも思った。

(私も、行かなきゃ)

彼の様子からしてきっと今は転海屋の辺りだろう、私の頭の中では自然とミツバさんが入院する病院への最短ルートを考えていた。
何も出来なくとも、出会ってしまったからには、やっぱりほっとけないと思ってしまう。
つまり自己満足だ、それでいい、自分勝手上等。

私は、今度お見舞いに持っていこうと買っておいた激辛せんべいを持ち、真夜中の暗い道を急ぎ足で歩いていった。



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