生恋し心恋し | ナノ

「アンタ、意外と重いねェ」
「…失礼ですよ!」
「わざとでさァ」

そういう沖田さんに、私はく、と唇を噛んだ。
人通りの多い往来、ジロジロと視線が痛い。

「あー明日は肩凝りするねィ」

はぁっと溜息をつき、こちらを見てにやりと笑う沖田さん。
…初めて会ってから、なんだかんだで普通に優しい部分しか見てこなかったから、ドSな彼を見て本当に沖田総悟なんだ、と改めて実感した。
サディスティックだわ。納得。
(…それにしても、)
あの沖田総悟と、…沖田さんと、まさか肩を組む日が来るなんて、とふと思う。
見た目よりずっとしっかりした体格で、触れただけでも鍛えているのが分かる。
それになんか…いい匂いがする。
いや別に私が変態な訳じゃないよ?違うのよ?
例えるならお日様の匂いのような、優しくて落ち着く匂い。
それでいて綺麗な顔をしているから、きっとモテるんだろうと思った。
現実、私も少しだけ、ドキッとしてみたり。

(なんてね、)
自分の考えに自分で照れてしまって目を伏せた時、往来から少し離れた場所で沖田さんは急に止まった。

「どうしたんですか?」

そう尋ねると、彼は無言でその場にしゃがむ。
行動の意味が分からなくて立ち尽くしていると、沖田さんはこちらをちらりと見た。

「アンタ、歩くの遅くてイライラすんでさァ」
「それは…ごめんなさい。だけど仕方ないじゃないですか」
「だから、はい」

沖田さんはまた前を向いて、手を後ろでひらひらさせる。
どういうこと?
やっぱり、私にはそれが何を指し示しているのか分からずに、それはどういうアレですか、と思わず聞いてしまった。

「本当に馬鹿だねィ。…おぶってやるってことでさァ」

え。
瞬間そんな情けない声が口から漏れる。
おぶる、って。なんだっけそれ…
確か、おんぶ……ってえええ!

「いいいいいいです!お心遣い感謝します!!」
「俺がいいってんだから気ィ使わねェでくだせェ」
「本当に大丈夫です!重いんで!ウルトラスーパー肉だるまなんで!!」
「や、意味わかんねェよ」

それから暫く(私だけが)全力の攻防戦が続いたが、結局、イライラした沖田さんのガチ口調の"うるせェな"の一言に私が折れ、おんぶをしてもらうことになった。
私が沖田さんの首の前に手を回し、背中に身体を密着させると同時に沖田さんは立ち上がる。
(う、わっ)
落とされそうになって、思わずしっかりしがみついた。
彼の体温が確実に伝わってくる。
おんぶなんて小学校以来だから、なんだか照れくさくて、恥ずかしい。
沖田さんはそんなこんなで大人しくなった私を察してか、それでいいんでィ、と言った。
なんでだろうか。沖田さんの背中は、照れくさくって落ち着かないけれど、安心する。
無言で歩く沖田さん、無言でおんぶされる私。
背中にいる私を気遣ってくれているのかいつもよりゆっくりな足取りで歩いてくれる沖田さんは、やっぱり優しい人だなぁと思った。


「で、家、どこですかィ」
「えっと…そこの角をですね…」

説明をして歩いてもらっているうちに、気づけばもう家の近くまで来ていた。
(なんか、早いな…)
もうすぐ着いてしまうことに憂鬱すら覚える私がいて、それがどうしようもなく恥ずかしい。
何、もっとこのままで居たいとか思ってんだ私ィィィ!!
ボンッと赤くなった顔を、沖田さんからは見えないけどなんか気付かれてしまいそうで、思わず彼の肩に顔を埋めた。
やばいやばい。なんか顔が熱い。
だけど、沖田さんに"何顔の脂擦り付けてんでィ"と言われ、私は彼の頭を目掛けて思いっきり頭突きした。
ゴッ。
やばい凄い音がした。待ってこれ私もクソ痛い。
けれど沖田さんも痛そうに顔を歪めているので満足です。
このままで居たいとか幻でした。彼はやっぱりドSです。超が付くドSです。訳してちょSです。

「いってェ!何しやがる!」
「もうすぐそこ家なんで!ありがとうございました!!」

沖田さんにおぶってもらったおかげで腰もなんとか復活し、私は早々に家の方へ駆けていく。
彼はまだ私が頭突きした所を抑えていて、少し俯いているから顔はよく見えない。
直後は乙女心を傷つけた罪だザマー見ろ!と思っていたが、よく考えれば厚意で送ってくれた訳だし、おんぶまでしてくれたしな…と考えたら段々申し訳なくなって、俯いたままの沖田さんに無言で近付いた。
すると急に腕を掴まれ、おデコに思いっきりデコピンされる。

「痛ァ!!」
「やられたらやり返す…倍返しだ!」
「古っ!」

それにしてもやってくれたなァ、と言う沖田さんの周りには黒いダークマター的な物が見えて、私は速攻で謝りました。なんとか許してもらえました。死ぬかと思いました。

「ったく、まぁ腰は戻ったみたいでよかったねィ」

絶対怒られると思っていたが、沖田さんから出た言葉は、意外にも私を気遣う言葉だった。
いや、意外じゃないか。
次は変な野郎に絡まれないように気を付けな、と言い沖田さんは私に背中を見せ、歩き出す。
ああそうか、そういうところは不器用なんだな、この人は。

「送ってくれて、ありがとうございました!」

私はそう言うが、沖田さんは振り返らず立ち止まりもしない。
けど、きっと聞こえてるのだろうと思う。
(器用なのに、そういうところ本当に不器用なんだなぁ)

気付けばほんのり茜色に染まり始めた空が、沖田さんの影を長くしていく。
実際に触れた背中は大きく感じたのに、遠くから見るとどこか頼りなさげにも見えて、その姿はミツバさんを思い出させるようだった。

(なんでだろう、胸が苦しい)

私の中の沖田さんが、もう漫画の登場人物じゃなくて一人の人としてあって、そんな彼の不器用な優しさや姉を思う気持ちをリアルに感じて、また彼を知る度にもっと知りたいと思う感情が芽生えてきたのを実感して、少し、いたたまれないような気持ちになった。



- ナノ -