沖田さんの彼女のフリをしてから数日。
午前中のみの勤務で、午後は女子らしくショッピングでもして帰ろう、とるんるんで大通りに向かった私は、今顔面を蒼白にし、目の前で睨みつける男性に負けじと目を合わせることで、いっぱいいっぱいになっていた。
あ、やばいな。
と私は理解した。
「よォ姉ちゃん、何ぶつかってきてくれてんだよォ」
「ご、ごめんなさい…」
「あーぜってぇ骨折れたわー。どーしてくれんの?」
ぶつかって骨折れるってお前はどこの妖精だァァァ!
と言葉がすぐそこまで出そうになったが、ギリギリで飲み込んだ。
ああん?と睨む姿は、きっと漫画で見たらモブだなーなんて特に何も考えず見れるのに、実際目の前にすると本当にタチが悪い。
というかぶつかっただけなのに…謝ったのに…そもそもぶつかってきたのそっちだし…
このあまりに理不尽な状況をどうにか打開しようと考えをぐるぐると回すけど、幾ら考えたっていい考えは出てこない。
つまり、私は今、悪そうな人に絡まれてます。
(どうしよう…)
このままだとお金払えとか言われそうだし。
…いっそ逃げるか。
なんて足が竦んで動かない今、それも出来ないのだった。
途方にくれている中、周りの人々は面倒事には近寄らまいとして誰も助けてくれない。
人間なんてそんなものだ、と思いながら、それでも期待してしまっている私もいて、なんだか自分が嫌になる。
自分は他人に頼ってばかりだ。自分でどうにかせねば。
そう思うのに、目の前でいちゃもんつけている男はどんどん不機嫌になっていき、どうにもできず時間だけが過ぎていく。
「聞いてんのかオラァ!!」
「うわっ」
不意に、ぐい、と首元を捕まれ、やばい殴られると思い、ぎゅっと目を瞑った。
瞬間、ぐわぁ、なんて男の声が聞こえてきて、首元が開放される。
私はぺたん、とその場に座り込んだ。
何が起こったのだろうか。
目を開ければそこにはさっきまで私に絡んできた男が寝転がっていて、目の前には…
「…沖田さん?」
何故ここにいるのだろう、と驚いたが、多分見回りとかそんなんだろうとすぐ理解した。
でも、まさか。助けてくれるなんて。
「ありがとうございます…」
「別に、通行の邪魔だったからどかしただけだけどねィ」
ぽつり、そういう彼は本当にそう思っているのかもしれないけど、不器用で優しい人なのかなと思った。
意外な一面を見れた気がして、なんだか少し嬉しい。
それから、往来で座り込んでちゃ邪魔になりまさァ、と沖田さんは手を差し伸べてくれ、その行動に驚きながらも手を掴んだ。
自然にそれをやってのけるから、きっと基本は誰に対してもこうなのかな、と思う。
むしろ特別は、神楽ちゃんにするような反応なのかもしれない。
私は沖田さんにぐい、と引っ張られ、立ち上がった。
つもりだった。
「…っわ、」
どさ、と私は沖田さんの胸に倒れ込んだ。
想像の何倍もしっかりとした胸板に広く感じた肩幅。
急に、あ、沖田さんってやっぱり男の子なんだなぁって改めて思わされて、不覚にもドキドキしてしまった。
「何が起きたんでィ」
「…すみません、腰抜けたかもしれないです」
まじか、と言う沖田さんに、物凄く申し訳なくなった。
本当はさっき絡まれたのだって一人でなんとかしなきゃいけなかったのに助けてもらって、その上これなんて。
これは情けないわ。ちょっと人生を舐めすぎたわ私。
ずん、と落ち込む私に、ふと周りの人の声が耳に入った。
"やだ、こんな大通りで抱き合うなんて…若いっていいわねぇ"
思わず顔が赤くなり、ぱ、と沖田さんから離れようとしたが、すぐに彼の胸板に引き戻される。
私は驚いて彼の方を向いた。
「腰抜けてんなら暴れてんじゃねェ、怪我なんかされたらこっちが迷惑ですからねィ」
「……はい」
仕方ねェから肩くれェ貸しますぜ、と沖田さんは私の背中に腕を回した。
何浮かれてんだ私。
恥ずかしい。一瞬浮かれた私が一番恥ずかしいィィィ!!
「一応アンタには礼があるから、送ってやりまさァ」
「え。」
「家どこですかィ?」
「ええええ!いいです!もう充分返してもらいました!!お腹いっぱいです!」
「あっそ。じゃあ一人で帰れるんだねェ?凄いなぁ。腰抜けてるのにねィ」
「……送ってくださいお願いします」
「よく言えました」
やっぱこの人ドSだァァァ!!
かくして私は沖田さんのサドっぷりを実感しながら、まさかまさかの家まで送ってもらうことになったのである。